インテグラートでは、これまで新薬開発型の製薬業の会社の皆様への事業投資評価・事業ポートフォリオ評価の支援に多く携わってきました。今回のコラムではそれを通じて感じた医薬品開発ビジネスの特徴と、そこから見える問題点について考えてみたいと思います。
医薬品開発ビジネスは、新たに発見、あるいは創製した化合物が薬として有効かつ安全であることを証明し、医薬品として販売国の承認を受けて世に出すビジネスです。特徴の1つ目はそのライフサイクルの長さです。薬としての候補品を人に投与する試験(臨床試験)の開始から市場投入(上市)するまで、平均して約7年の期間が必要と言われています(※1)。他業種では自動車の新車開発は概ね2年弱と言われており、これに対しても、新製品を作るために長い時間が必要であることが分かります。さらに上市してからは特許により全く同じ製品の競合が出ず、逆に特許が切れると同じ有効成分である後発製品(ジェネリック医薬品)が多数上市することで売上が急激に落ち込むことも特徴的ですが、この特許期間が概ね10年あり、両方を合わせると17年程度のライフサイクルとなります。さらに臨床以前の研究段階の期間も含めると優に20年を超えるので、非常に長期にわたるビジネスであると言えるでしょう。 もう1つの特徴は、開発期間の長さに比例していますが、上市するまでの研究開発費用が巨大であるということです。1つの新しい薬(新薬)を作るために、臨床から上市までの開発費用として76億円かかると言われています(※1)。これに加えて開発の前段階の研究費用も加わるので、研究開発費全体で1新薬につき100億程度の投資になると言えるでしょう。日本国内にとどまらず、グローバルに開発・販売するためには、1,000億円程度の投資が必要になることもあります。また、新薬開発型の製薬業は売上高に占める研究開発費が16%を超えます(※2)。自動車製造業が4%台、他の製造業でも1%から6%の間であることと比べると、研究開発投資が際立って大きいことが分かります。
このように売上高に占める研究開発費の比率が高いのにはもう1つの特徴があり、それは研究開発が失敗する確率が高いことです。製品開発が途中で失敗するということはどのような製造業でも起こりうるかと思いますが、医薬品開発ビジネスではその失敗の確率が80%から90%程度(※3)もあり、失敗するケースのほうが圧倒的に多い、「開発リスク」が高いビジネスであるということが言えます。
以上をまとめると、医薬品ビジネスは次のような特徴を持つビジネスであると言えます。
・ライフサイクルが長いため、5年~15年程度の予測を必要とする不確実性が高く、また社内外の多くの人々が関与するため、問題に直面してからのクイックな方針転換が難しいビジネス
・投資額が巨大なため、その投資判断が重要な経営課題であるビジネス
・開発リスクが大きいため、どの開発投資案件を優先すべきかの見極めが重要なビジネス
このような特徴を持つビジネスなので、中長期の投資とそれから生み出されるリターンを予測し、その投資の妥当性や必要性を評価する取り組みが必要不可欠となります。しかしながら、中長期の予測と評価は自然にできるものではなく、それを行うための明確な意思が必要となります。このような意思とそれに基づく取り組みがないと、おのずと短期的な予算に基づく投資判断に偏りがちになります。医薬品ビジネスの場合、短期的な予算制約のみで投資判断を行った結果、製品の特許切れなどによる急激な売上の落ち込みには迅速に対応できず、結果として中長期の期間にわたる停滞を招く恐れがあります。
したがって、明確な意図をもとに、会社の中長期の未来を考える仕組みが必要です。そのための1つの方法として、予測の外れに迅速に対応するための定期的な予測と評価業務と、その業務プロセスの標準化が必要と考えます。
実は、明日11月28日(金)に「計画を継続的に進化させる事業性評価/ポートフォリオ評価業務」と題して、このような内容でセミナーを開催いたします。今回のコラムはこのセミナーの内容を一部先取りする形で、医薬品ビジネス以外の方にもお分かり頂けるよう、このビジネスの特徴と課題についてお送りいたしました。皆様のご参考になりましたら幸いです。
(井上 淳)
(※1)「医薬品開発の期間と費用-アンケートによる実態調査-」2010年1月 医薬産業政策研究所
(※2)「我が国の産業技術に関する研究開発活動の動向- 主要指標と調査データ - 第8版」2008年3月、経済産業省 産業技術環境局 技術調査室
(※3)“How to improve R&D productivity: the pharmaceutical industry’s grand challenge” Steven M. Paul, et al. Eli Lilly and Company, Nature Reviews, Drug Discovery March 2010