近年の事業を取り巻く環境変化は激しく、Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguityの頭文字を取って、VUCAの時代と言われたりします。そんな中、未来を見通し、的確な意思決定をしたいというニーズは高まっているように思います。例えば、日本IBMのブライアン・ジョンソン氏は「以前のCFOは経理財務部門で計画やレポートを作る業務を担当する役職でした。しかし、今では、ビジネスの先行きを予測する業務へと進化しています」と述べています(1)。

 本コラムでは、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2017年1月号の特集「未来を予測する技術」の中から二つの論稿をご紹介し、今後ニーズがより高まっていくのではないかと思われる未来(将来)予測について考えてみたいと思います。

 まずは、東北学院大学教授神永正博氏の「統計学はどこまで未来を予測できるか」をご紹介します。神永氏は、「部分から全体を推測する技術」である統計学は、予測と結びつけられることが多いが、「一部の例外を除いて、社会情勢のような事象に関しては、長期的な予測はほぼ不可能である」「数十年単位の信頼に足る予測ができる社会データは実のところ、人口に関するものしかない」と述べています。近年のブームで万能な印象を抱きがちな統計学ですが、「すでに何度も起きている事象を法則化するのに優れているが、稀にしか起きないことや、過去に起きたことがない出来事についてはほとんど力を発揮できない」のです。神永氏は、「過去から現在までを統計学を用いてていねいに整理整頓して枝葉を払えば、短期的な予測はできる」とも述べています。つまり統計学は、長期的な予測には向かないが、データが豊富で短期的なある程度の予測には力を発揮するのです。

 次に、ボストン コンサルティング グループのジョージ・ストーク,Jr.氏とアンシュ・アイヤー氏の「投下資本を節約し判断期間を最大限延期できる 戦略オプションの3つの活用法」をご紹介します。

 彼らからの提案は「競争が激しく市場環境が不安定な今日、企業は事業の不確実性へのヘッジ策として『戦略オプション』をもっと活用すべきだ」ということです。「時代がますます不透明・不安定になる中、ほとんどの企業は予測の精度を上げ、機動性を高めようとするが、どちらの方法にも限界がある」とし、これらを補完する方策として戦略オプションを挙げています。

 戦略オプションは、「需要急変など予期せぬ事態」に対応できるようにし、「情勢がはっきりするまで最終判断を遅らせることができる」と述べ、論稿の中で「臨時組織」「予備的買収」「使い捨て工場」の以下3つを具体的な方策として紹介しています。

(1) 臨時組織
 既存事業とはまったく違う能力が必要な場合や、そのビジネスモデルが主力事業の売上げを食う可能性がある場合、既存の組織体制下ではなかなかチャンスを追い求められない。かといって、機会なり脅威なりがはっきりしなければ、常設の組織を新たに設けるわけにもいかない。「臨時組織」はこのような場合の一つの解決策です。契約社員とコンサルタントでチームを構成しておけば、最初から本格的に活動でき、失敗しても大量解雇をしなくて済む。このベンチャーが成功したら、その時に常勤スタッフを雇えばいい。臨時組織を利用すれば、たとえば競争上の脅威にどう対応すべきかをテストし、新しい戦略やコンセプトを評価し、ジョイントベンチャーを検討し、既存事業の邪魔をすることなくチャンスをものにすることができる。優先事項がかち合う時、あるいは思わぬライバルが登場して、迅速な市場進出が必要になった時などに、これは魅力的な選択肢となる。

(2) 予備的買収
 買収を通じて多様化を図ろうとする企業は、多くのリスクに直面する。買収をすれば、早期に市場参入して新しい顧客、専門知識、事業を獲得しやすいが、会社統合には大きな困難が伴うし、失敗の確率も相当高い。非中核市場における大型案件の場合は特にそうだ。小規模な買収なら、失敗した時のコストも少なく、統合も速やかに進む。新しい地域に進出するために小さめの買収を利用する企業は多いが、新規事業のリスク軽減策としてこれを利用する企業はあまり見たことがない。買収が小規模で、具体的な目標のためにターゲットを絞った実験である場合は、企業統合の落とし穴にはまるのを避けやすい。学習の機会が得られるからだ。やってみて価値が生まれなかった時は、痛みをあまり感じることなく中止できる。一方、買収が成功した時は、親会社は補完的企業をさらに買収し、市場リーダーになることができる。

(3) 使い捨て工場
 工場を建てる時、企業はたいてい、生産単価を下げるために規模を大きくし、自動化を導入しようとする。だが、最先端の大規模工場は建設に資金と時間がかかるうえ、生産能力も大量にしか増やせない。需要が不安定ないし不透明な場合、こうした施設は足手まといになりかねない。利益率が高い、先発者が有利、在庫入れコストが高いといった事業の場合、比較的小さな「使い捨てできる」工場を選ぶ方がよい。そのほうが新しい市場の未知の要因に対処しやすく、コスト、生産能力製品構成に関する初期データを入手しやすい(このデータは、恒久的な工場が必要と判断した際、その設計の参考になる)。使い捨て工場は本格的な工場に比べると、生産単価がどうしても高くなるが、通常は、先行投資の少なさ、市場投入までのスピードの速さ、需給マッチングの容易さなどのメリットがそうしたコスト増分を補って余りある。

 彼らは、「大部分の組織では、戦略オプションを実行するのは発見・設計するほど簡単ではない」とし、実行に移す際の課題を3つ挙げています。

(1) 長期的なベネフィットよりも短期的なコスト増のほうが計算しやすく、長期的なベネフィットも同様に明らかでなければ、オプションを追求する正当な理由が見つからない。

(2) 戦略オプションは組織にない能力を必要とすることが多い。そして、そうした新しいスキルの獲得はなかなか難しい。

(3) 予測という行為は、組織の経営や運営の仕方に深く組み込まれている。ほとんどの組織は不確実な将来に備えた計画を立てる際、高い確率、中程度の確率、低い確率のシナリオをつくったうえで、たいていは真ん中のシナリオを選ぶ。予測をやめろと言うつもりはないが、企業は予測の限界を認識した方がよい。戦略オプションを用いれば、経営者は予測不能な未来を予測しようとするために割く時間や資源を減らし、どんなチャンスやリスクがあるか、どうすればリスクを緩和できるかを知ることにもっと時間を割くことができる。高い確率、中程度の確率、低い確率の結果に一つのアプローチ(使い捨て工場やモジュール向上など)でどのように対応できるかを企業が考えるようになれば、戦略オプションはもっと盛んになるだろう。

 筆者は、神永氏の論稿から、未来(将来)予測をする際に最重要なのは「何を」予測したいのかを明確に定義することであると考えました。これは言い換えれば、目的(ゴール)を決めるということです。目的(ゴール)が決まれば、それを構成する要素に分解できます。分解すると、それぞれの項目について、「これは統計学が適用できる、これは適用できないからある程度の傾向を見ておいて、戦略オプションを考えよう」というように具体的に考えることが可能となります。目的(ゴール)を明確に定め、それを構成する(達成するために必要な)要素に分解し、それぞれについて考え、計画し、実行する。こうして見ると、未来(将来)予測と弊社ソリューションの基礎理論である仮説指向計画法とは親和性があるように思います。
(仮説指向計画法の詳細は、以下の記事(注5)をご参照ください。
「戦略投資とファイナンス(第4回)」http://bizzine.jp/article/detail/134

 最後に、筆者は、両方の論稿に共通していたように「予測の限界」を忘れないようにしようと思いました。「予測の限界」は言い換えれば、未来は決まっていないということでもあります。コイントスのように予測して傍観するだけの事象とは違い、人生やビジネスは、自ら働きかけることで未来を変えていけるということを忘れないようにしたいと感じました。長期的な目的があれば、嫌な予測結果は自らの行動で変えていけるのだと思います。

(松下 航)

参考文献
・DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2017年1月号
注(1)戦略立案に重要な洞察力を提供することこそ、いまのCFOと経理財務部門の役割
http://ps.nikkei.co.jp/cxostudy/cfo/