昨年11月の米国大統領選挙以降、トランプ政権のニュースが連日メディアを賑わしています。特に、先月の大統領就任式の聴衆数について実際よりも明らかに水増しされたであろう数字を巡るケリーアン・コンウェイ大統領顧問の「Alternative Facts=もう一つの事実」発言には驚かれた方も多いのではないのでしょうか。
 本コラムは政治論評コラムではありませんので、この発言そのものの評価には立ち入りません。しかし、政権と主要メディアとが対立している状況から結果として双方から出される情報に対する信頼度が市民にとって下がりかねない点は、決して良いこととは言えないでしょう。これは企業の事業計画立案・事業性評価の場面に置き換えても当てはまることであり、社内外の多くのステークホルダー間でAlternative Factsが出回ってしまうと事業計画立案・事業性評価の信頼性を大きく損ねる要因ともなります。今回のコラムでは、事業計画立案・事業性評価の観点でAlternative Factsを生み出さないために意識すべきポイントを3つに整理してお伝えしたいと思います。

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(1)Alternativeを持つことは重要
 冒頭でAlternativeの存在を否定しておきながら、いきなり「あれっ」と思われた方もいるかもしれません。しかし、ここで避けるべきAlternativeはあくまでFact(事実)のAlternativeであり、事業計画立案・事業性評価においてはAlternative Plan=代替案を検討することは事業を成功に導く打ち手を探るために有用です。この検討なしに一点読みした事業計画・評価に基づいた判断では、将来発生する可能性のあるリスク要因を見落とし、また打ち手によって事業を伸ばすチャンスを見失う恐れがあります。まず、「他の手はないのか?」と代替案を持つことの重要性を認識しましょう。

(2)Alternativeの誤解:データは一つでも解釈は複数
 過去の事実を扱う場合にしろ将来の計画を立てる場合にしろ、定量的な指標に基づいて考える際にはデータを解釈するというプロセスが入ります。この時、扱う元データが異なれば導かれる考察が異なりうるのは言わずもがなですが、たとえ同じデータを見ていても解釈は分かれる可能性についても注意が必要です。例えばある事業について「今年の売上高が前年比10%増」というデータがあったとして、肯定的に解釈するか否定的に解釈するかは両方のケースが見られるでしょう。仮に過去数年にわたって売上高の減少が続いていた事業という背景に基づきV字回復を果たしたとして肯定的な解釈をする人がいるでしょうし、また仮に社内の事業部比較において売上伸び率が一番低かった事業であるという背景に基づき成長の鈍さに目を向けて否定的な解釈をする人もいるでしょう。ここで厄介なのは、Fact(事実)として語られる内容にデータと解釈を両方含んでいる場合には、一つのデータから複数のFact、つまりAlternative Factsが発生する土壌が出来上がっているかもしれないということです。話されている内容がデータなのか解釈なのか、あるいはデータと解釈をつなぐ周辺情報なのか、に意識を向けることが肝要でしょう。

(3)Alternativeの活用:計画案は意見である
上記(2)では、データから解釈までのプロセスに潜む危険について述べました。さらに、上記(1)でAlternativeを持つべきとして挙げたPlan(計画)においては、将来を対象としているのでそこで用いられるデータも将来についてのデータになります。過去のデータというのは既に起こってしまったことなので本質的に一つであるのに対し、将来のデータは、まだ起こっていないので確定していません。従って、将来の計画については、データを解釈する以前にデータ自体に想定が含まれることを見過ごすわけにはいきません。この想定というのは、例えば収支計画の数値根拠として良く用いられる「過去期間における当該データの実績値を使用」というものであっても、「過去の傾向がそのまま今後も当てはまる」という計画作成者の意見に基づいていることになります。もちろん、会社において事業計画は稟議承認を経て確定するプロセスに係るわけですが、これは計画案を社内的に事実化するものではなく、計画案として提出された意見を、組織的に合意した(一つないし複数の)目指すべき目標と位置づける、という手続きに相当します。あくまでPlanは将来である以上硬直的なFactになりえず、計画上の想定が異なってくる事態には常に注意を払い、状況の変化に応じてベストのAlternativeを取ることができるような準備が、最終的な事業の成功のカギを握るといっても過言ではないでしょう。

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 いかがでしたでしょうか。今回は個人の意識レベルとして気を付けるポイントを挙げましたが、読者の皆様の中には「これらの点は既に理解している」という方も少なからずいらっしゃるでしょう。言うまでもなく一人一人が意識を持つことは大切ですが、これを会社組織としていかに担保する仕組みを整えるか、という点こそ、持続的な発展成長のためには大きな役割を果たすと考えております。ご参考になれば幸いです。

(楠井 悠平)