内部監査は企業内の様々な業務に関わり、不正を防ぐことから業務改善に至るまで、幅広い役割を期待されています。また昨今、経営に資する内部監査ということに注目が 集まり、企業経営に内部監査の機能をいかに活用するかということが問われています。筆者自身、内部監査が企業経営に貢献できることは大いにあると考えております。そこで今回のコラムでは、日本内部監査協会が毎月発行している「監査研究」から、「日本企業のガバナンス改革の見取り図と展望 -伊藤レポート、SS&CGコードを見据えて-」(注1)と題する論文をご紹介させて頂きます。著者は、一橋大学大学院商学研究科 特任教授の伊藤邦雄教授です。伊藤教授は2013年7月に経済産業省内に創設された「持続的成長への競争力とインセンティブ-企業と投資家の望ましい関係構築-」プログラムで座長を務め、その最終報告書は「伊藤レポート」と呼ばれています。本論文では、前半で伊藤レポートの要点が説明され、後半では社内でのガバナンス改革について述べられております。

 日本版スチュワードシップ・コード(SSコード) は2014年2月に金融庁が公表し、コーポレートガバナンス・コード(CGコード)は2014年8月に公表された伊藤レポート の内容に基づいて纏められ、2015年6月から上場企業にCGコードが適用されるようになりました。伊藤レポート、SSコード、CGコードは2013年末に発足した第二次安倍政権 によるアベノミクスの成長戦略の具体的な形として現れました。伊藤レポートでは下記の点に対して挑戦を試みています。
・ショートターミズム(短期主義)への挑戦
・ダブルスタンダード経営への挑戦
・持続的低収益性を招いた低資本効率性への挑戦
・資本コスト意識が希薄な現状に対する挑戦
・企業と投資家の関係への挑戦
・コーポレートガバナンスへの挑戦
・「資産運用後進国」への挑戦
 本論文中の伊藤レポートの要点としては特に、持続的低収益性を招いた低資本効率性への挑戦と、企業と投資家の関係への挑戦に焦点を当てています。

【持続的低収益性を招いた低資本効率性への挑戦】
 伊藤レポートの根源的な懸念点は、日本企業はイノベーションを創出する力を世界から高く評価されてきたが、一方で日本企業は持続的に収益性が低い点としています。伊藤レポートでの調査結果によれば、日米欧企業のROEの水準を比較すると、日本が5.3%であるのに対し、米国は22.6%、欧州は15.0%でした。この点を捉えて、従来、日本では「米国企業のROEが高いのはレバレッジを利かせているため」と説明されていましたが、違いがあったのは売上高利益率(ROS)でした。

 では、なぜ日本企業の収益性が長期にわたって低水準であったか。伊藤教授は銀行による「負債ガバナンス」が過剰に働いたことが一因であると説明しました。銀行が好む借り手企業は、借りた資金をすぐに返済してしまうような高収益企業ではなく、銀行の好む企業は、利息を支払ってなお営業利益に一定の余裕が常にある企業である。銀行にとってROEは関係のない指標であり、むしろ、自己資本が厚く 信用力が高い(結果的にROEが低い)企業を好む。このように、知らず知らずのうちに 銀行による「負債ガバナンス」が働いてしまったと述べています。

 伊藤レポートでは明示的にROE8%以上を求めました。具体的な数字を載せるか否か、参加メンバーでも大きく意見が分かれたところ、座長として数字を盛り込む決断をされました。企業毎に資本コストは異なるし、産業によってもリスク特性が異なることも重々承知の上での伊藤教授の決断でした。調査の結果、海外の機関投資家が想定する資本コストは7.2%であること、また日本企業のPBR(株価純資産倍率)との関係でROEが8%を超えるとPBRが1倍を超え、8%を下回ると1倍を下回る。その2点からROE8%としました。

【企業と投資家の関係への挑戦】
 企業と投資家は企業価値を創造するにあたって「協創」の関係にあることを唱えました。企業と投資家との対話・エンゲージメントの必要性を強調し、対話・エンゲージメントを通して、従来の「デット・ガバナンス」から「エクイティ・ガバナンス」 に比重を移していくことを求めました。

 本論文の後半では、ガバナンスの中心である社内でのガバナンス改革について言及されております。昨今、コーポレートガバナンス改革に関連して社外取締役に大きな注目が集まっています。社外取締役は株主を代表する立場であり、社外取締役によるガバナンス強化は会社の外側からの力で会社を変えようとする「他律」による改革の働きです。しかし伊藤教授はガバナンスの中心は「自律」であると述べています。自律には限界があるので他律、すなわち社外の人材も入れて律するバランスが必要である。しかし過度に他律にばかり頼るのは、ガバナンスの姿として正しくないと言及しています。

 具体的な自律の構想としては、当然CEO(最高経営責任者)が自律の要であるが、経営全般に目配りするCEOが経営規律にばかり目を向けるのは現実なかなか難しい。そこで、CFO(最高財務責任者)が中心となって経営規律に目配りするのが良いのでは ないかと提言されています。さらにCFOと連携しながら企業の自律によるガバナンス改革を推進する主体が、内部統制を実践する内部監査人であると述べています。

 恥ずかしながら筆者は、CGコードの基となった「伊藤レポート」を纏められた伊藤教授がそこまで「自律」によるガバナンスを強調されるとは思っていなかったのですが、本論文を読みガバナンスにおける自律と他律のバランスの重要性を改めて認識致しました。伊藤教授から読者へのメッセージとして、ガバナンス改革は「自律」と「他律」がバランスを保ったとき、その効果をもっと発揮することを忘れてはならない、と締めくくられていました。コーポレートガバナンス改革で他律によるガバナンスを強化する一方で、自律によるガバナンスを発展させるご参考となれば幸いです。

(春原 易典)

(注1)「日本企業のガバナンス改革の見取り図と展望 -伊藤レポート、SS&CGコードを見据えて-」日本内部監査協会、月間監査研究2016年1月号