最近、東芝と日本郵政といった有名な日本企業でM&Aによる大規模な減損処理を行ったというニュースがありました。基本的に減損の原因は、M&Aの計画段階での想定(仮説)が十分ではなく、さらにM&A実行後の実行管理をちゃんと行わなかったからだと考えます。

 減損は、もちろん避けられれば良いものですが、減損するならば、そのタイミングは早いほうが良い、という考え方もあります。今回のコラムでは、マイクロソフトと携帯電話メーカー・ノキアのM&Aのケースを取り上げてみたいと思います。

 2013年9月に、マイクロソフトはノキアを買収すると意思決定しました。そのとき、両社合計のマーケットシェアをその時点の9%から15%まで増加させ、ノキアの営業利益を18か月間以内に赤字から黒字にさせるゴールを設定しました。マイクロソフトは2015年の年次報告書によるとノキア買収当時、「より速いイノベーション、増加するシナジー、そして統合されたブランディングとマーケティングにより、モバイルデバイスのシェアと利益の伸長を加速できる」と考え、コストシナジーにより18カ月以内に、6億ドル(約661億円)を創出できると想定していました。この想定のもと、2014年4月に買収が完了しました。

 しかし、ノキアはマイクロソフトに買収される前に既に不健全な状態でした。ノキアの携帯電話マーケットシェアは2007年後半から2013年前半にかけて、50.9%から2.8%に落ちていました。販売している機種のほとんどは低い利益率であり、9四半期連続で大きな赤字は出ていました。マイクロソフトが作成した、当該のM&Aに関するプレゼンテーションで”strong execution plan(強力な実行計画)”があると発表しましたが、ノキアの営業利益を黒字にさせるには、この計画では両社合わせての当時の販売台数実績300万台から500万台まで増加する必要があると書いてありました。しかし、”strong execution plan”にはどうやって500万台を販売するかについてこれ以上詳細な説明はありませんでした。また、M&A契約成立の数か月前、マイクロソフトはCEOがスティーブ・バルマーからサタヤ・ナデラに交代し、ナデラがCEOになった以降で、実行管理段階での唯一の具体的なアクションは18,000人をリストラしたことだけでした。

 そして2015年、毎年5月1日に行う減損テストでノキアののれん代の減損を認めました。何と、買収完了後のわずか13か月後です。この時マイクロソフトは「携帯ハードウエアの売上とボリュームゴールを満たさず、機種合計のマージンは計画より低かった」と語りました。マイクロソフトはノキアののれん代のほとんどである75億ドル(約7600億円)を減損しました。結果として、マイクロソフトとノキアは計画に掲げたマーケットシェアのゴールを達成できなかったのみならず、合併する前のシェアさえも維持できず、維持するための修正計画も立ち上げませんでした。

 M&Aの計画段階でのマイクロソフトの仮説は甘かったと言えるのですが、驚くのは、買収から13ヶ月で75億ドルもの減損を実行したことです。減損のタイミングと金額は、客観的に決定されることが原則ですが、客観的ということがとても難しく、当事者間の意見を集めることなどに長い時間がかかります。

 多くの場合には、M&Aの後で当初考えた計画通りに進んでいない、仮説が間違っていたと気が付いたときに、作戦を変更し、ゴールを修正して努力を継続することが、事業の維持・拡大につながると考えます。しかし、ナデラCEOは一気に減損したという選択は正しい行為だったと言えるかも知れません。失敗になる可能性は高いと気が付き、すぐやめることで将来のなくしそうなお金を省いたかも知れないという意味では、CEOによる選択の変更は意味のあることだったとも言えます。これはCEOが交代したという特殊な要因が影響したからとも言えますが、このままでは損失が大きく拡大することを、極めて早い段階で判断した、記憶に残る事例だと思います。

(リード・アーニ)

<参考資料>
・「The Math Behind Microsoft’s Big Nokia Writedown」
<https://techcrunch.com/2015/08/03/the-math-behind-microsofts-big-nokia-writedown/>
・「Global market share held by Nokia smartphones from 1st quarter 2007 to 2nd quarter 2013」
<https://www.statista.com/statistics/263438/market-share-held-by-nokia-smartphones-since-2007/>
・「Microsoft cuts 18,000 jobs」
<http://money.cnn.com/2014/07/17/technology/enterprise/microsoft-job-cuts/index.html> 
・「Microsoft. 2014 Annual Report」(マイクロソフトホームページより)
・「Microsoft. 2015 Annual Report」(マイクロソフトホームページより)