皆様初めまして、今年2月にコンサルタントとして入社いたしました井倉と申します。今月からコラム執筆メンバーに加わることとなりました。
 弊社入社までは家庭用住宅設備の営業企画や販売推進などの業務をしておりました。今までの経験を活かし、早く皆様のお役に立てますよう勉強して参ります。よろしくお願いいたします。

 皆様は「マインドフルネス」という言葉を聞いたことはございますか。近年ビジネス誌での特集が増えており、耳にしたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。マインドフルネスは元々臨床心理学や精神医学分野で研究されてきた心理的プロセスです。筆者はヨガを通してこの言葉を知りましたが、その時は深いリラックス状態のようなものだろうという程度にしか理解していませんでした。一方で、スティーブ・ジョブズを始め世界的に著名な経営者やビジネスパーソンの多くがマインドフルネスの実践によって自らのパフォーマンスの向上を実感していると耳にし、マインドフルネスが弊社が支援する不確実性の高い事業投資における意思決定にも効果をもたらすのではないかと考えました。本コラムでは、マインドフルネスという心理状態が我々の意思決定にどう役立つのかをそのメカニズムとともに検討して参ります。
 「マインドフルネス」という言葉は2006年の組織学習研究における論文で”a state of active awareness characterized by the continual creation and refinement of categories, an openness to new information, and a willingness to view contexts from multiple perspectives”と定義されています。早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授はこれを端的に「新しいことに能動的に気づけるように、認知をコントロールすること」と表現しています。

 「認知をコントロールする」ということはビジネスにおいてどのような効果をもたらすのでしょうか。まずは現在のビジネス環境に目を向けることにします。昨今のビジネス環境は”VUCA”という言葉で表現されることがあります。VUCAとはVolatility(不安定性)、Uncertainly(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉です。元々は戦闘状況を表す軍事用語でしたが、リーマンショック以降不確実性の増したビジネス環境を表す際にも使われるようになりました。2014年までGE社でリーダーシップ向け研修開発や組織変革に携わってきた田口力氏は、VUCAな環境であったとしても「物事が起こってから臨機応変に対応しようと考えていては、それが戦争であれば部隊は全滅してしまう」と述べ、予測が難しいからといって決断を後回しにすることの危険性を指摘します。
 それでは、どのようにすればVUCAな状況でも適切な意思決定が行えるのでしょうか。田口氏がリーマンショック後のGE社マネジメント層への研修に追加したテーマは「文脈を読み解く力」でした。彼は、情報技術の発展により情報の入手が容易になった昨今「私たちは情報の『量』にこだわりすぎている」が、「『量』に気を取られている間に、情報から『意味』を読み取る力」、つまり「文脈を読み解く力」を失いつつあると考え、それを強化するための研修を開発しました。
 意思決定は(1)自分にとって必要な情報を選別し、(2)情報から仮説を生み出し、(3)その実行によって仮説を検証する、という一連の行動に分解できます。適切な意思決定を成し遂げるためにはこの3つのシーンの全てで自らの意識を集中させなければならず、その手助けになるのが「マインドフルネス」であると田口氏は述べています。先述した通りマインドフルネスは自分の意識を集中させ、新しい気づきを得ようとしている状態であり、そのような状態の中で我々は情報の洪水に溺れるのではなく、それぞれの情報が自らにとってどのような意味を成すか検証しながら有効な情報を選別できるからです。

 では、我々はどのようにすれば「マインドフルネス」状態に到達できるのでしょうか。最もポピュラーな練習法は瞑想です。瞑想を始めるにあたって、初心者向けのスマホ用アプリや動画などが数多く公開されています。筆者は先日、社内研修の一環として新経済連盟主催のフォーラム「NEST2018」に出席しましたが、講演者の一人であるセールスフォース・ドットコムのCEOマーク・ベニオフ氏も自身が熱心な瞑想実践者であり、マインドフルネスの効果を実感していることを語っていました。彼は自社社員のために世界中の支社に瞑想用の部屋を設けているそうです。
 一方で、「マインドフルネスの母」と称されるハーバード大のエレン・ランガ―教授は、マインドフルネスは「新しいものに気づく」シンプルなプロセスであり、その到達に必ずしも瞑想が必要なわけではないとしています。彼女によれば、「初めてのパリ旅行で全てが新鮮でわくわくし、自らにとって新しい経験を享受しようと積極的になる姿勢」こそがマインドフルな状態であるのです。と言うものの、憧れの旅行先を訪れるような気持ちで日々の業務に臨むことは難しいようにも感じます。ランガ―氏の研究では、たとえ興味が持てないと感じるタスクに従事する場合であっても、タスクを通していくつかの新しい気づきを見つけるように意識すると、明確にそのテーマへの興味が増し、それによってタスクの質も向上することが明らかになっています。

 マインドフルネスは個人の意思決定プロセスだけでなく、組織の意思決定の質も向上させます。人はある種のインプット(例:上司に業務上の失敗を叱責される)を脅威と認識すると反射的に闘争(例:指摘された内容を熟考せず、口答えや言い訳をする)、逃走(例:その業務を放り出してしまう)、凍結(例:頭が真っ白になり問題に対処できなくなってしまう)などの防御反応を示してしまうことがあります。しかしマインドフルネス状態下の人の脳では、不安や怒りを感じる扁桃体という部位の働きが落ち着くので、その人は自分に起こったことを脅威と感じにくくなり、感情的な反応が抑えられます。各人が自分と異なる意見を攻撃と感じることなく、冷静に受け止めることができるようになれば、その組織では些細な争いが減り、コミュニケーションが円滑になります。情報やアイデアの交換が活発になれば、VUCAな状況の中であっても効率的に組織の意見がブラッシュアップされ、適切な意思決定につながります。また、先述のランガ―教授の研究に従って、同僚との接し方を意識すれば、頑固だと思っていた人が責任感があり頼りになる人であったことに気づけるかもしれません。このような「気づき」によって組織内の信頼関係が構築されることも、組織としてのパフォーマンスを向上させると筆者は考えます。

 さて、ご自身または組織の業務にマインドフルネスを取り入れることについて関心をもっていただけましたでしょうか。自分の経験を顧みると、日々のメールチェックやその返信、様々な会議などで十分に思考する時間が確保できないように感じる時、目の前の情報を丸呑みして処理する、「マインドレス」な状態を自覚することがあります。そのような時こそ一度立ち止まり、「マインドフル」な状態で自らの業務を見直す意識を持ちたいものです。
 筆者は引き続き意思決定を最適化するための取組について検討していきたいと思います。本内容が皆様の新たな気づきに繋がりましたら幸いです。

(井倉 未紗子)

【参考文献】
・Daniel Levinthal and Claus Rerup, ”Crossing an Apparent Chasm: Bridging Mindful and Less-Mindful Perspective on Organizational Learning,” Organization Science, 2006.
・田口力 『マインドフル・リーダーシップ』 KADOKAWA,中経出版
・入山章栄 『知の創造を導く「マインドフルネス」を高める法』 ダイヤモンド社
・『「マインドフルネスの母」からの教え:「“気づき”に瞑想はいらない」』DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー オンライン記事http://www.dhbr.net/articles/-/4254
・『マインドフルネスは4つの確かな成果をもたらす』同上オンライン記事http://www.dhbr.net/articles/-/5081?page=2