こんにちは、コンサルタントの春原(すのはら)です。今回のコラムは書籍「知識創造企業」(注1)を通じて、知識を創造することで組織的にイノベーションを産み出す理論を読者の皆様とご共有させて頂きたいと思います。本書は、マネジメントの父ピーター・ドラッカーから「現代の名著」と評価を受け、戦略論学者マイケル・ポーターからも「経営理論の真のフロンティア」と評されております。本書の著者は、一橋大学名誉教授で知識創造理論の提唱者であり、ナレッジ・マネジメントの世界的権威として、米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」でアジアから唯一選出された野中 郁次郎氏です。
本書は1994年に刊行されてから四半世紀を過ぎていますが、2020年に新装版が刊行され現在に亘って長く読み継がれている古典的名著です。著者の野中氏の代表的な書籍として「失敗の本質」(注2)が御座いますが、弊社社長の小川も本書について【こちら】にコラムを執筆しておりますので、ご興味のある方はこちらのコラムもご覧ください。本コラムでは「知識創造理論」について以下の7つの項目でご説明をさせて頂きます。
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1.知識の定義
「知識創造理論」とあるので、まず「知識」とは何か、その定義が重要になると思います。本書では、プラトン以来の西洋哲学の伝統に従って、知識を「正当化された真なる信念(justified true belief)」と定義しています。ただし、伝統的な西洋認識論が「真実性」を知識の最も重要な特性と見るのに対して、野中氏は「正当化された信念」という側面を強調しています。このような焦点の当て方の違いは、西洋の伝統的認識論は、命題や形式論理で典型的に表現される知識の絶対的で静的な、人間から独立した側面を強調していますが、野中氏は知識を「個人の信念が人間によって“真実”へと正当化されるダイナミックなプロセス」と見ています。
2.知識創造の二つの次元
知識創造の理論的枠組みとして、認識論的次元と存在論的次元の二つの次元が設定されています(図1参照)。まず、存在論的次元について、組織的知識創造は、個人によって作り出される知識を組織的に増幅し、組織の知識ネットワークに結晶化するプロセスと理解すべきと説明しています。また、認識論的次元については、マイケル・ポランニーの「暗黙知」と「形式知」との区別によっています。暗黙知は、特定状況に関する個人的な知識であり、形式化したり他人に伝えたりするのが難しい。一方、明示的な知すなわち「形式知」は、形式的・論理的言語によって伝達できる知識と説明しています。暗黙知と形式知の具体例としては、下記のものを挙げています。
-暗黙知:主観的な知(個人知)・経験知(身体)・アナログ的な知(実務)・同時的な知(いまここにある知)
-形式知:客観的な知(組織知)・理性知(精神)・デジタル的な知(理論)・順序的な知(過去の知)
図1:組織的知識創造の二つの次元
3.知識変換 暗黙知と形式知の相互作用
西洋人は形式知を重視する傾向があり、日本人は暗黙知に傾斜しがちですが、野中氏は暗黙知と形式知は相互補完的なもので、両者は相互に作用し合い、互いに成り代わるものと説明しています。野中氏の知識創造モデルは、人間の知識が暗黙知と形式知の社会的相互作用を通じて創造され拡大される、という重要な前提に基づいており、このような相互循環を「知識変換(knowledge conversion)」と呼んでいます。
4.知識変換の四つのモード
知識が異なる知、特に暗黙知と形式知の社会的相互作用を通じて創造されるという前提に基づけば、下記四つの知識変換モードに整理されます(図2参照)。「共同化」から始まり、下図の時計回りに知識が変換され、「内面化」から更に次のレベルの「共同化」へと知識が変換されていきます。
1.共同化:自己の暗黙知から他者の暗黙知を創造 ⇒共感知の創出
2.表出化:暗黙知から形式知を創造 ⇒概念知の創出
3.連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造 ⇒体系知の創出
4.内面化:形式知から暗黙知を創造 ⇒操作知の創出
図2.四つの知識変換モード「SECI(セキ)モデル」
5.知識スパイラル
組織的知識創造は個人レベルから始まり、メンバー間の相互作用が、課、部、事業部門、そして組織という共同体の枠を超えて上昇・拡大していくスパイラルプロセスであると本書では説明しています(図3参照)。野中氏はこれを「知識スパイラル」と呼び、存在レベルが上昇するにつれて、暗黙知と形式知の相互作用がより大きなスケールで起こります。
図3.組織的知識創造のスパイラル
6.組織的知識創造を促進する五つの組織要件
組織的知識創造プロセスにおける組織の役割は、個人が知識を創造・蓄積し、グループが活動しやすいような適正なコンテキストを提供することであると野中氏は述べています。知識スパイラルを促進するために組織レベルで必要となる組織の要件として、下記五つの要件を挙げています。
1.組織の意図
:知識スパイラルを動かすのは、「目標への思い」と、定義される組織の意図である。企業戦略の最も重要な要素は、どのような知識を創造するかという知識ビジョンを創り出し、それを経営実践システムに具体化すること。
2.自律性
:組織のメンバーには、事情が許す限り、個人のレベルで自由な行動を認めるようにすべき。そうすることで、個人が新しい知識を創造するために自分を動機づけることが容易になる。ガレス・モーガンの「決まりごとは最も重要なものだけの最小限にとどめる」という最少重要規定の原則にもかなう。
3.ゆらぎと創造的なカオス
:組織と外部環境との相互作用を意図的に刺激することで、組織のメンバーが「断続的に」既存の前提に疑問を持って考え直す機会を与える。カオスを真にクリエイティブにするためには、「行動に伴う内省」を組織プロセスの中に制度化しなければならない。
4.冗長性
:組織のさまざまな活動や職務に関した情報を意図的に社員に重複共有させることで、互いの知覚領域に「侵入することによる学習」をもたらし、暗黙知の共有を促進する。情報過剰の問題に対処するには、情報が組織内のどこに存在し、知識がどこに蓄積されているかを明確にすること。
5.最小有効多様性
:複雑多様な環境からの挑戦に対応するためには、組織は同じ程度の多様性をその内部に持っていなければならない。フラットで柔軟な組織構造を開発して各部署を情報ネットワークで結ぶのは、環境の複雑性に対処する一つの方法である。
7.組織的知識創造のファイブフェイズ・モデル
組織的知識創造理論の纏めとして、さらに時間の次元を組み込んだファイブフェイズ・モデルを提示しています。このモデルは、次の五つのフェイズからなっています。
1.暗黙知の共有(@共同化)
2.コンセプトの創造(@表出化)
3.コンセプトの正当化(@表出化)
4.原型(アーキタイプ)の構築(@連結化)
5.知識の転移(@連結化、内面化)
組織的知識創造のプロセスは、共同化に照応する暗黙知の共有から始まります。次のフェイズでは、自己組織チームによって共有された暗黙知が、新しいコンセプトという形の形式知に変換されます。これは表出化とほぼ同じプロセスで、創られたコンセプトは、第三フェイズで正当化されなければなりません。その新しいコンセプトはさらに追及する値打ちが本当にあるかを決めます。正当化されたコンセプトは、第四フェイズで原型に変換します。最後のフェイズでは、創られた知識が、一部門内の各部署から他の部署へ、一部門から他部署へ、あるいは組織外へ移転します。組織の外部で知識を受け取るのは、消費者、関連会社、大学、流通業者などです。知識創造企業は、閉鎖システムではなく開放システムであり、知識を絶えず環境と交換しています。
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上記の「知識創造理論」について如何でしたか。本コラムでは「知識創造理論」について、エッセンスをできるだけシンプルにご紹介しました。本書には「知識創造理論」の実例や、知識創造のためのマネジメントプロセス(ミドル・アップ・ダウン・マネジメント)についても記載しておりますので、是非手に取ってご覧頂ければと存じます。なお弊社では仮説指向計画法という経営理論を基礎として、「仮説」を「知識」に変換していくことを支援しています。ここでいう「仮説」とは、野中氏が強調した「正当化された信念」の知識のことで、「知識」に変換していくというのは、「真実性」を高めるということです。つまり、「仮説」を「知識」に変換していく過程は、本コラムで説明したSECIモデルの知識スパイラルを何重にも回していく過程と同じです。また事業計画にまで落とし込んだ仮説や知識は、弊社提供の予測管理クラウド「DeRISK」で管理することができます。本ソリューションについてご関心が御座いましたら、是非弊社までお問い合わせを頂ければと存じます。組織的な知識創造・イノベーションにより、新たな製品・サービスを皆様が創出されることを心より願っております。
(春原 易典)
(参考文献)
(注1)『[新装版] 知識創造理論』(東洋経済出版、2020年)
https://www.amazon.co.jp/知識創造企業-新装版-野中-郁次郎/dp/4492522328
(注2)『失敗の本質』(中央公論新社出版、1991年)
https://www.amazon.co.jp/失敗の本質―日本軍の組織論的研究-中公文庫-戸部-良一/dp/4122018331