『数字に魂を込めなさい』
…かつて、社会人になったばかりの私に当時の上司が何度も説いた言葉です。最初は意味がわからないままに「はい!」と元気に返事をしたものですが、様々な経験を重ねていく中でそのメッセージの重みが分かってくるようになりました。今回は私がかつてメーカーで経験した失敗エピソードも交えてご紹介できればと思います。

『死んだ数字で人は動かない』。初めて実感したのは、とある工場の生産計画を作る仕事を任された時でした。過去のExcelを見ながら、見よう見まねで、実績を入れ、データを入れ…と格闘し、一通り埋まった計画を意気揚々と工場の現場長に持っていきました。

結果何が起こったか?
…お察しの通り、呆れられ、受け取りもされず、意気消沈して帰ってくることになりました。

『ここの計画値は何でこう設定されているのか?他よりも高くなっているけど…』
「去年実績の比率に合わせて、計画値を設定しました!」
『ええと、何で比率を採用しているのだっけ?』
「それは、前任のデータがそうなっていたので…」
『‥‥実績はわかるけど。櫻井はどう思ったの?どう動いてほしいと思っているの?』
「‥‥」
『そんな風に計画を作って、貰った相手は動くと思うか?やり直しね。また持ってきて』
「はい…」

データを引っ張ってExcelさえ完成させたらいい!と思っていた当時の私は、計画策定が”仕事”ではなくただの”作業”になってしまっていたのでした。
『数字に魂を込めなさい』とは、すなわち「数字に対して、自分の考えを持ちなさい」ということだったのだと気付いた瞬間でした。ましてや、相手の活動に関わる計画であれば、「どんな意図が?」が伝わらなければ動いてもらえる筈もありません。行動を促せないのであれば、それは『死んだ数字』と同じです。

深く反省し、計画作りに際し『数字に魂を込めよう』とするにはどうしたらいいか…をその後は考えるようになっていきました。すると、計画の”ゴール”、道筋を指す”データ”、”自分の考え”の3点セットに意識が向くようになっていきました。
そして、3点セットを常に意識して相手にも伝えよう、と肝に銘じながら業務に励むようになりました。
『ここの計画値は何で他よりも高くなっているの?』
「実は他拠点で大規模工事があり、稼働率を〇%まで上げカバーが必要です。最新需要予測から言うと全社的に●年度中に▲製品をXXトン生産が必要です。▲製品はここと他拠点の2か所でしか作れないので、大変ですが肝となる局面です」
『なるほどね。ちなみに数字としてこう置いている根拠は?』
「過去3年の類似生産データを参考にしました。製品構成的にこのデータが近いのではと考えまして…。過去と今で実態が変わっている点もあるかと思いますし、ご意見を貰えると嬉しいです」

単なる数字だけではなく、ゴールと考えが伝わると、工場現場長からも「確かにその見方もあるね」「現場だと今はこうで…」とコメントが増え、徐々に会話の頻度や深度が高まっていきました。その後もぶつかる事はありましたが、計画に込めたゴールと考えを伝えているからこそ、相手も考えを明示してくれ、一緒に打ち手を考える…といった、次の行動に繋がるコミュニケーションが可能になる事を実感しました。そうして、”作業”から脱却した計画策定の”仕事”とは、数字に魂を込め、相手に伝え、相手の行動を促すことなのだと学びました。

その後、縁あってインテグラートに入社をし、DDPに触れる中で、『数字に魂を込める』は「数字に対して自分の考えを持つこと」、すなわち「数字に対し仮説を示そう」とまさに同義なのだと気が付きました。

今お話したのはほんの些細な例ではありますが、大なり小なり様々な場面で共通して重要なことではないかと考えます。特に、昨今はリモートワークも増え、”空気””雰囲気”に頼る意思疎通が難しい時代となりました。積極的に発信をしないと、気付けば根拠や背景は置いてきぼりに、数字だけが独り歩き…という事が起こりやすいと、私自身も痛感する日々です。

改めて、自身の業務を振返り、『数字に魂は込められている』だろうか。『相手に伝わっている』だろうか。そして、『行動を促しているか』。
今一度、“ゴール””データ””仮説(=自分の考え)”の3点セットを意識し、行動を促す工夫をしてみてはいかがでしょうか。