「風が吹けば桶屋が儲かる」とは、一見関係が無いことが影響をもたらす、または、無理やりなこじつけを表現する言葉です(注1)。
この「風が吹けば」は、仮説です。
仮説ならば、インテグラートらしく分析してみましょう、ということで、今回のコラムでは、桶屋が儲かる仮説ストーリー分析をご紹介します。

「風が吹けば桶屋が儲かる」を調べてみますと、以下のように紹介されていました(注2)
・強い風が吹けば、目を傷める人が出る
・目を傷めた人が、三味線を弾いて生活の糧にするようになる
・三味線の需要が高まり、三味線に必要な猫の皮を調達するために、猫が減る
・猫が減ったら、ネズミが増える
・ネズミが増えれば、桶をかじって、桶が損傷する
・桶の販売が増加して、桶屋が儲かる
事業がどうなったら成功するのか、という戦略に関して、仮説とゴール(達成目標)を結び付けた説明を、仮説ストーリーと呼びます。
「風が吹けば桶屋が儲かる」は、どうなったら桶屋事業が成功するのかという戦略を説明する、一つの仮説ストーリーです。

皆さんが意思決定者だったら、この「風が吹けば桶屋が儲かる」という戦略に投資するでしょうか?
早速、「風が吹けば桶屋が儲かる」の仮説ストーリーを分析してみましょう。

「風が吹けば桶屋が儲かる」の仮説ストーリーには、下記のように、6個の仮説があります。

それぞれの仮説には、定量的に検討を行うために、数値とその数値の変動幅を設定します。初期的には仮説の数値は仮置きし、ベンチマークとなるデータや、調査・議論によって、妥当性を高めていきます。

本コラムでは、初期的な分析として検討対象を単純化し、桶の販売数が増えればよい、としました(意思決定の際には、NPV、ROIC等を算出します)。
桶の販売増加数と仮説の関係をモデル(計算構造)に整理すると、以下のようになりました。

仮説を定量的な数値と結び付けると、ぼんやりしていた事業の解像度が高まってきました。ざっと見ると、桶の販売増加数が547.5個であることと、ネズミの増加数が10,950匹であることが目立ちます。「風が吹けば桶屋が儲かる」のカギは、実はネズミなのかな、と気付きます。

更に、どの仮説が、桶の販売増加数に重要な影響を与えるのか、感度分析を実施しました。感度分析は、仮説の値が最小から最大まで変化した場合に、計算結果(この場合は、桶の販売増加数)に与える影響を可視化します。下記は、感度分析を可視化するツールの代表例であるトルネードチャートです。このトルネードチャートでは、影響度(感度)の大きさを横棒の長さで示し、横棒が長い仮説を上から順に並べています。

下の表は、トルネードチャートを書くための計算結果です。例えば、桶屋の商圏人口が最小値の場合には桶の販売増加数が54.75個で、最大値の場合は5,475個、と計算されています(赤枠で表示した部分)。

この感度分析は、桶屋事業に最も重要な仮説は、商圏人口であることを示しています。商圏人口の設定は、「最大値は江戸の人口で100万人、最小値は桶屋が成り立ちそうな人口として1万人と仮置き。基準値も、今後決めていくこととして、仮置き。」としました。桶屋を営むなら、人口の多い江戸が良い、ということです。

しかし、少し考えてみると、100万人もの人が一つの桶屋の顧客になるとは思えません。桶には小さなものも、大きなものもありますが、自宅や作業場で使うものです。そうすると、人口だけでなく、自宅や作業場を配送先として広い地域をカバーできることが重要ではないでしょうか。そこで、「商圏人口が大きければ」という仮説を「江戸で配送地域を拡大すれば」と修正することにします。

次に、「猫が捕獲するネズミの数」の影響度が大きい、と示されています。正直なところ、猫が一日に何匹ネズミを捕るのかは、私にはよくわかりません。今後の実験・調査が必要な項目ですが、それは今後の課題としておき、もう一つの、ネズミに関係する仮説「増えたネズミによって、桶が損傷する率」に注目します。この2つの仮説から、ネズミが増えて、たくさんの桶が痛むと、桶屋が儲かるという仮説ストーリーが導かれます。つまり、「風が吹けば桶屋が儲かる」は、ネズミに桶を損傷させて需要を創造する戦略だったわけです。実は、恐ろしいビジネスモデルです。

ここまでわかれば、「風」も「目を傷めること」も「三味線」も必要ありません。ネズミが増えればよいわけです。
それならば話は簡単です。ネズミを増やすために、桶屋は飲食店チェーンを買収して、江戸中に生ごみを放置する戦略を徹底的に実行し、ネズミ天国が誕生して、桶屋は大儲け、となったのかもしれません。

現代では、そうはならないでしょう。ネズミは桶などをかじるだけでなく、衛生上有害ですから、読者の皆さんも、この戦略はとても実行できないと考えると思います。「ネズミにかじられても大丈夫な桶を製造できれば」という新たな仮説も出てくるでしょう。SDGs/ESGが重要な今では当然ですし、江戸時代でもネズミを意図的に増やすと処罰されるように思います。そこで、「ネズミが増えれば桶屋が儲かる」を「耐久性の高い桶を開発すれば桶屋が儲かる」と修正します。

以上の検討から、「風が吹けば桶屋が儲かる」という仮説ストーリーは、「江戸で配送地域を拡大し、耐久性の高い桶を開発すれば、桶屋が儲かる」と修正されました。いや、それは違うだろう、と思われる方も、当然いらっしゃるでしょう。事業戦略は、組織が持つ知識・経験によって異なります。個人や閉じた組織で考えるのではなく、組織的な議論を引き出すことこそが、仮説ストーリー分析の狙いなのです。

仮説ストーリーが定量的に分析・可視化されると、単に「風が吹けば桶屋が儲かる」と聞いた状態よりも、「どうなったらこの事業は成功するのか」を格段に深く検討できます。シナリオ分析によって、「どうなったらこの事業は成功するのか」だけでなく「どうしたら悪いシナリオ、失敗を防げるのか」という検討も容易に高度化できます。皆さんの知識・経験と仮説を反映していくと、また別の戦略に到達することでしょう。

仮説ストーリー分析は、組織の知恵を集めて戦略を検討できることが、最大のメリットです。定量化・可視化に基づく分析によって、透明性が高くなり、立場が異なる人々で共有できるようになります。具体的な質問を引き出すことができるわけです。その結果、立案者の思い込みにとどまらず、戦略検討を深めるために組織の知恵を最大限活かせるようになります。

仮説ストーリーを修正する場合、外部要因の仮説(外的仮説)だけでなく、努力目標の仮説(内的仮説)を取り入れることがポイントです。外的仮説は重要な成功要因になりますが、内的仮説は差別化要因になるからです。

本コラムでは、「風が吹けば」という他力本願的な外的仮説を、「江戸で配送地域を拡大すれば」と「耐久性の高い桶を開発すれば」という2つの内的仮説に修正しました。このような内的仮説は、開発目標や達成目標を明確に定義しますので、企業の経営資源を事業の成功に集中させる効果があります。

また、本コラムでご紹介したモデル(計算構造)と一般的な財務モデルの違いを補足しておきます。一般的な財務モデルは、PL(損益計算書)等の財務諸表を分解したものです。例えば、売上を製品・サービスに分解し、単価・数量を更に分解して詳細化します。費用の分解も詳細です。このような財務モデルは、事業を詳細に理解する目的には大変有用です。

しかし、どうなったらこの事業は成功するのか、という問いかけに対しては、数量が増えて、費用が削減できれば、という程度のことしか答えられません。なぜならば、一般的な財務モデルでは、仮説が考えられていないからです。

本コラムでご紹介したモデルは、仮説ベースの予測モデルです。仮説ベースの予測モデルを作成するためには、まず仮説ストーリーを考えます。本コラムでは、「風が吹けば桶屋が儲かる」が当初の仮説ストーリーで、「配送方法を変革し、耐久性の高い桶を販売すれば、桶屋が儲かる」が分析を活用して修正された仮説ストーリーです。

財務モデルと、仮説ベースの予測モデルは目的が違います。
どうなったらこの事業は成功するのかを検討する目的には、仮説ベースの予測モデルをお勧めします。仮説ベースの予測モデルは、戦略そのものですので、意志決定と事業価値向上に大きな効果を発揮します。また、仮説ベースの予測モデルでは、管理すべき仮説が明確に示されていますので、意思決定後のモニタリングにも適しています。

仮説ストーリー分析は、因果関係がわかりにくい要因を整理し、リスクとリターンを適切に考慮した意思決定を支援します。
地球温暖化や地政学リスク、サステナビリティのように、自社の財務・業績との因果関係が一見わかりにくいことに対して、真摯に向きあい、因果関係を明確にしなければならない時代になりました。

地球温暖化や地政学リスクの仮説ストーリー分析は、新製品開発・新事業・設備投資・M&Aよりは容易です。なぜならば、平均気温が1.5度上昇したら、台湾有事が発生したら、というように仮説が明確で、結果を示せばよいからです。このコラムでご紹介している「風が吹けば桶屋が儲かる」のように、定量化・可視化と分析によって、納得感の高い示唆を得ることができます。「風が吹けば桶屋が儲かる」も、因果関係を検討するうえでは、十分によくできた仮説ストーリーです。

一方、新製品開発・新事業・設備投資・M&Aでは、「どうなったらこの事業は成功するのか」という仮説から検討を始める必要があります。難しい仕事ですが、SWOT分析等の一般的なフレームワークを活用すること、更に、企画・管理スタッフ(FP&A)が、起案者・事業チームに対して、仮説を質問する役割分担をお勧めしています。基本的な質問は「どうなったらこの事業は成功するのか」です。
事業戦略を示せ、と同じ意味ですが、戦略という難しい言葉を使わず、誰にでも問いかけることができる、使いやすい質問だと思います。

仮説とは、因果関係の原因を説明するものです。売上や利益が結果です。どうなったらこの事業は成功するのか、という仮説を考えることは、結果を良くする原因を考えることであり、戦略検討そのものです。仮説ストーリー分析は、個人、または、ごく少数の人で事業戦略を検討しがちな業務プロセスを、組織の総合力を活かすプロセスに改善します。
仮説ストーリー分析を活用して、ベストの戦略を導き、価値最大化を達成しましょう。

仮説ストーリー強化プログラムをご紹介するセミナーを、4月20日(木)と5月31日(水)に開催しますので、ご関心のある方は是非ご参加ください。本コラムでご紹介した「風が吹けば桶屋が儲かる」の仮説ストーリー分析のように、皆さんの事業で優れた戦略を再発見することができれば、自社の稼ぐ力が高まります。

(小川 康)

(注1)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』:風が吹けば桶屋が儲かる
(注2)(注1)の記載に基づき、筆者が記述