前回のコラムで、仮説ストーリーという方法について、弊社小川より投稿があり、「風が吹いて桶屋が儲かる」というシナリオを用いて、仮説の納得性とリアリティを高める方法について紹介解説がありました。
論理を基本とするストーリー構成とその具体的な構造を議論することの重要性、有効性が分かり易くまとめられています。是非ご一読下さればと存じます。

さて、本稿ではその基本構造をさらに戦略立案や実際の検討局面で、効果を発揮するための運用法として、欠かせないと思われる視点について、お話ししたいと思います。

楠木建氏は著書「ストーリーとしての競争戦略」で「起承転結、一貫性」が必要であり基本骨格であることを強調されておられます。
基本骨格の5つの要素は以下です。
 ・起 Concept コンセプト 【ひとことでいうと〇〇〇です】
  -本質的な顧客価値の定義
  -顧客の感情、認知価値の訴求点となり、WTPにつながる。その価値はお客様にとってどんな意味を持つものなのか
 ・承 Components 構成要素 【こんなユニークな特徴があります】
  -競合他社との違い
 ・転 Critical Core クリティカル・コア 【構成要素を繋ぐ一連の流れが実現できるのは、実はXXXXだからです。】
  -独自性と一貫性の源泉
 ・結 Competitive Advantage 競争優位 【結果として持続的な儲けの構造、利益モデルが実現でき市場でのポジションを維持できるようになっています】
  -利益創出の最終的な論理
 ・評価基準 Consistency 一貫性 【持続的な収益と成長の経営バランスを取る中長期の経営コンパスが備わっている】
  -構成要素をつなぐ因果論理


(図 スターバックスの競争戦略ストーリー)

例えば、スターバックスの競争戦略ストーリーを図で表現すると、店舗の雰囲気、出店と立地、スタッフ、メニューなどが特別の雰囲気を醸し出しているのは、実は直営方式を取っているから可能となります。またそれらの構成要素によって達成している提供価値は、一言で言うと、自宅でも職場でもない「第3の場所」というコンセプトであり、WTP(WillingToPay)の増大という競争優位を築いており、結果として長期利益目標の達成に繋がっています。

この戦略の仮説ストーリーをより強力で豊かにする2つの要素が実践では有効であると筆者は考えます。何故ならそれは、「ストーリー」が、語り手と聞き手のコミュニケーション、対話であると考えられるからです。

それには、受け手である相手の視点と、伝え手である自分の視点があります。

結論から申し上げますと、相手の視点では共感・感情の要素が、そして自分自身の視点では経験による学びがそれぞれカギになると思われます。

もう少し、具体的な例を挙げてお話ししたいと思います。
その一つ目は、ストーリーの受け手への感情移入です。

【 顧客の感情によりそう共感性 Empathy 】
人の感情、心理、行動に訴えかけるUSJのマーケティングの事例

論理のつながりとしてのストーリーにプラスして、最後は、面白いかどうか、心が動くかどうかの要素が決定的に分かれ目となる実例として、ユニバーサルスタジオジャパンUSJの経営危機を救ったマーケティングの神様 森岡毅氏のとった最初のクリスマスコマーシャルの例をご存知の方も多いでしょう。

それまでは、「こんなクリスマスツリーが見られます、盛大なパレードがあります」など出し物の説明が一般的だったUSJや他のリゾートパークのCMに対し、森岡氏はこんなCMを流しました。

「一緒に来てくれるのは、これが最後かもしれないな」「今しか見られない輝きがある、今しか渡せない贈り物がある。ユニバーサルスタジオジャパンのクリスマス」

USJに行く父親が娘を見ながら感じていることを言葉と映像にしました。娘を持つ父親ならとても切ない気分になりますよね。

ストーリーがその人自身のストーリーとして勝手に発展してゆきます。

実際にやっていることは何も変わらないにもかかわらず、結果は前年比200%のクリスマス集客となりました。

メッセージの受け手の感情に訴えかけるストーリーは非常にパワフルです
ストーリーは、流れ、連鎖、因果ですが、もう一歩踏み込んでストーリーを押えようとすると、その語られ方も、同時に重要な要素です。

ストーリーを重視したアプローチでは「何を語るのか?」に着目するのに対して、ナラティブでは、誰がどのように語るのかが重視されます。 また、ストーリーは語り手によって変化しませんが、コミュニケーションの現場では決定的に、語られ方が影響力を持つことは、明らかですね。

企業・組織で企画業務に携わる方にとって、戦略のメッセージを「誰が、どう語るのか」、は無視できない要素ではないでしょうか。そして、その影響力の多寡が決定づけられるといっても過言ではありません。

このように、受け手にとっての価値の伝わり方を意識した感情の要素を考え実施できるか否かは、仮説ストーリーの効果を最大化する決定打となり得ると言えるでしょう。

仮説ストーリーのクオリティーを考えるうえで、二つ目の無視できない要素は、自分視点での経験からの学びとインスピレーションです。

【 経験からの学びのインスピレーション 】
Connecting the dots

今まで気が付いていない仮説をインスピレーションとして得るということはよくあることと思うのですが、それは過去の経験や知識が一瞬、閃きのようにつながって、新たな学びとなり、イノベーションを起こすという事は考えられることです。
この現象を、スタンフォード大の2005卒業式のスティーブジョブズのスピーチに見出すことが出来ます。有名な「Connecting the dots」です。

中流家庭の養子として育ち、両親の想いで大学に進学した彼は、高額な学費にすべての収入を犠牲にして負担している両親、興味を持てない大学の授業に矛盾を感じ、大学を中退します。しかし、中退を決心してからの数か月に全米ナンバーワンのCalligraphy学科を持つReed大学の授業に出会います。そこで学んだタイプフォントなどの美しさに魅了されます。Sans Serif, Arialなどパソコンフォントでおなじみのフォント文字です。 ジョブズは10年後マッキントッシュを世に出すときにはじめて、このフォントを使い、マイクロソフトがこれをコピーしたのでPCの十八番になりました。私も、Windows3.0が出たときに、Arialの美しいフォントに夢中になったのを思い出します。
ジョブズはスピーチの中で、こんな風に言っています。

“..Of course, it is impossible to connect the dots by looking forwards when I was in college. But it was very, very clear looking backwards 10 years later.
Again, you cannot connect the dots by looking forward. You can only connect them by looking backward. So you have to trust the dots will somehow connect in the future.”

「点と点のつながりを前もって予測することはできない。過去の繋がりを振り返ることによってしか、その繋がりに気付くことはできないんだ。個々の点は、将来何かに繋がると信じて進むしかないんだよ。」
大学を中退しなければ、Calligraphyの授業に出会うこともなかったし、現在の自分もない。彼はスピーチを続けます。
「内なる声に耳を澄まし、自分の本当に好きな道を進むんだ。。あきらめてはいけない」と彼は我々にエールを送っているように思えました。

自らの歩んだ道を真摯に振り返ることにより学びを得、「点と点が繋がって見える時」
そこに本来の自分の歩む軌道が過去から将来に繋がっていることを見出すとき
貴方の語る仮説ストーリーは、輝きだすのではないでしょうか
点と点が繋がるのは、振り返るときである。振り返りは時に痛みを伴います。
しかし、前を見続けているときには気が付かないことに気付くことが出来ます。

英語のLook forward toは「楽しみにする」という意味合いもあり、前を見続けることは「楽しい」ことかもしれません。しかし、Look backward 振り返ることによって、貴方の歩んだ点と点に意味を見出すことが出来ます。
ジョブズのスピーチに過去から学びを得ることの本当の意味や姿を垣間見ることが出来ると思います。

よりよく未来を考える、より良い未来を考える、そのために過去から学びを得るコネクティングザドット。過去から何が学べるか、過去からしか学べない。そして 今何をすべきか、どう生きるかを考える。スティーブジョブズの人生の学びが超一流のスピーチとナラティブによって語られます。
https://www.youtube.com/watch?v=o97upTCsRME

感情移入と過去からのインスピレーションで、あなたも仮説ストーリーに命を吹き込んでください。