本コラムでは、コロンビアビジネスクールのリタ・マグラス教授による日本語版のDDP関連最新書籍「ディスカバリー・ドリブン戦略」(東洋経済新報社)と、リタ・マグラス教授と弊社インテグラートの長年の師弟関係についてご紹介します。リタ・マグラス教授は、インテグラートが事業の基礎としているDDP(仮説指向計画法、Discovery-Driven Planning)を、ペンシルバニア大学ウォートンスクール名誉教授のイアン・マクミランと共に開発した方です。

 「ディスカバリー・ドリブン戦略」は、2023年9月発行で、その原作は2019年9月に発行された「Seeing Around Corners」(Mariner Books)です。原作のタイトルを直訳すると、曲がり角の先を見通す、という意味になりますので、かなり野心的で、かつ、そんなことができるのなら知りたい、と思わせるメッセージです。この期待に応えるように、本書では、転換点(Inflection Points)をいち早く見抜き、事業機会を最大化することをテーマに解説しています。ちなみに、転換点とは、存続を賭けた変革を企業に要求するタイミングのことで、インテル元CEOアンディ・グローブの著書「パラノイアだけが生き残る」(日経BP)のテーマでもあります。

 本書で豊富な事例とともに強調されているのは、転換点が事業に大きな影響を及ぼすまでには数年以上の時間がかかること、だから、転換点に気づいて対策行動を取ることは、どの企業にも可能である、ということです。そして、転換点を、企業の大きな成長につなげることが可能であり、そのためには、早まって勝負に出ると失敗しやすいこと、組織の力を引き出すことが必要であることなどの重要な示唆を、失敗事例と成功事例を交えて解説しています。

 本書は、本題に入る前が大変充実した構成になっているという特徴があります。まず、監訳者の早稲田大学ビジネスククール入山章栄教授の「監訳者のことば」が、とてもわかりやすく本書の内容を伝えています。ディスカバリー・ドリブンとは、不確実な事業環境で成長機会を逃さない考え方であることをコンパクトに解説し、本書の内容を補完する重要なパートです。

 次に、イノベーション研究の第一人者であった、ハーバードビジネススクールの故クレイトン・クリステンセン教授が『今後10年の「ゲームチェンジャー」になる本』というタイトルでまえがきを寄稿しています。クリステンセン教授は残念ながら2020年1月に亡くなっていますが、このまえがきで、リタ・マグラス教授はクリステンセン教授と、従来の戦略理論を覆す志を共にする間柄であったことが紹介されています。

 そして、著者のリタ・マグラス本人からの「日本語版の刊行 にあたって」です。その中で、転換点を乗り越えた企業として、富士フイルムを長く敬服している、と著者は述べています。著者の前著「競争優位の終焉」(日本経済新聞出版社)の中で、富士フイルムと対比されるコダックに、著者の実父が勤務していて当時の幹部に転換点を指摘していた、けれどもコダックはその指摘を生かせなかった、というエピソードが紹介されていました。そのことを思い出すと、富士フイルムに対する著者の関心が強い理由の一端のように思われました。

 本書には企業における転換点とその対応に関する過去事例が多く紹介されていますが、現在進行形、つまり現在転換点にあると思われる事例も紹介されていて興味深いです。例えば、オンライン教育です。現在のオンライン教育は、教師が話をしている様子を撮影していることが多いが、これがオンライン教育の最終形態であるはずがない、と指摘しています。映画というものが始まった頃も、最初は舞台演劇を撮影していたそうですが、今では舞台演劇とはかけ離れたものになっています。映画におけるこのような変化は、突然起きたわけではありません。未来はある日突然起きるものではなく、不均等に展開し始めるので、既にどこかで変化が始まっているだろう、だから誰にでもチャンスがあり、既存企業としては危機を予見する必要がある、と述べられています。

 本書で解説されていることの中で、研究開発・新事業・設備投資・M&Aを支援している立場として、私(小川)が特に関心を持ったのは、第二章で紹介されている「先行指標(leading indicators)」です。「先行指標」とは、結果(売上・利益等の遅行指標(lagging indicators))に対して原因となるもので、まさに「仮説」のことです。第二章では、2年後の姿を想定して、その6か月前(現在から1年半後)・12か月前(現在から1年後)・18か月前(現在から半年後)及び現在というように、将来のある時点から現在に向けて時間軸を設定して、それぞれのシナリオとその仮説を検討する手法が紹介されていて、まさにDDPの実践例として大変参考になります。

 DDPの基本は、将来の一時点のゴールを定めて、そのゴールを達成するように仮説をマネジメントすることです。不確実性の高い事業では、仮説が外れたという気づき(Discovery)に基づいて次のオプションを選択しますから、ゴールが修正されることもあります。第二章で紹介されている事例は、2年後の未来が実現するために必要な仮説を明確にして、その未来が起きるのか着実にモニタリングをして転換点を見逃さず、来るべき未来に備える取り組みです。

 一方で、「先行指標」の例として、「カスタマー・ラブ(customer love)」が紹介されていて、悩みが深くなりました。カスタマー・ラブが実現すれば利益が出る、と言われると、まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」のようで、原因(仮説)と結果(利益)の関係がよくわかりません。因果関係があいまいだと、具体的な行動につながりませんので、「先行指標」が結果をもたらす因果関係の明確化を、もっと追求したいと思いました。リタ・マグラス教授のブログでも、「先行指標」が話題になっていることがありますので、今後の研究に期待すると共に、インテグラートからもリタ・マグラス教授に「先行指標」に関する議論を呼びかけたいと思います。

 転換点に注目する、ということは、過去の延長ではない未来を考えることです。伝統的な経営理論は過去と現状の分析に基づいて未来を考えるのに対して、仮説指向計画法DDPは、仮説に基づいて未来を考えます。そして、仮説は、外れるリスクがありますから、DDPではリスクマネジメントが不可欠です。DDPは経営理論と呼ばれてはいますが、多くの企業の成功と失敗から導かれた、現実的な手法です。本書がきっかけとなり、より多くの企業でDDPが実践されるようになり、過去の延長とは異なる成長を達成することを期待します。

 さて、本書の紹介に加えまして、リタ・マグラス教授とインテグラートとのかかわりについても、この機会に少しご紹介します。私が、リタ・マグラス教授に初めてお会いしたのは、1998年10月です。当時私は、アメリカ留学を目指して勉強しつつ、インテグラートでアルバイトをしていました。そこに、ペンシルバニア大学ウォートンスクールのイアン・マクミラン教授とコロンビアビジネススクールのリタ・マグラス教授の二人がインテグラートに来社されたのでした。

 そのきっかけは、インテグラート創業者の北原康富さん(現名古屋商科大学ビジネススクール教授)が開発されたソフトウエアです。イアン・マクミラン教授とリタ・マグラス教授が開発した仮説指向計画法(DDP: Discovery-Driven Planning)を、北原さんが開発したソフトウエアをベースにして、インテグラート2代目社長の宮本明美さんがDr. Plan for DDPというDDPの実践を支援するソフトウエアに作り上げていました。両教授が、Dr. Plan for DDPとインテグラートの事業について、2時間たっぷり熱心に助言してくださったことが、私には強烈な印象として残りました。
  翌年、私はペンシルバニア大学ウォートンスクールのMBAプログラムに入学し、同時にマクミラン教授の研究センターで2年間勤務しました。その間、両教授からDDPに至るまでの研究と各企業の取り組みについて指導を受け、そして両教授を慕う世界中の研究者との交流を通じて、DDPに関する理解を深めることができました。その後も、アメリカ出張時のミーティングやメール等で、DDPの実践に関する指導を受けています。

 2023年9月には、インテグラートのエグゼクティブコンサルタントの名田秀彦が、アメリカに出張し、ニューヨークのコロンビアビジネススクールで、リタ・マグラス教授から直接助言を受けるなど、引き続き最新の研究を学んでいます。振り返ると、25年以上にわたって指導を受けていることになり、今後はその指導の成果を、より具体的な形で日本企業の皆様に提供したいと考えています。

 本コラムでは、リタ・マグラス教授の日本語版最新書籍「ディスカバリー・ドリブン戦略」と、リタ・マグラス教授とインテグラートの師弟関係についてご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。「ディスカバリー・ドリブン戦略」は、不確実な事業環境で成長を追求するために、転換点に注目し、時間をかけて組織の力を引き出す手法を紹介しています。皆様に、是非ご一読をお勧めいたします。

小川 康

(参考文献) 『ディスカバリー・ドリブン戦略―かつてないほど不確実な世界で「成長を最大化」する方法』リタ・マグレイス、入山章栄 (監訳・解説)、大浦千鶴子 (翻訳)、東洋経済新報社
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