はじめに
ここ数年、アーリーステージの新規事業の価値評価に関するご相談が多くなってきております。その中で、定性的な情報ばかり充実していくが、定量的な価値評価が難しいという声をよく伺います。
本稿ではBare Bones NPV(以下、BBNPV)という新規事業の初期段階における簡易的な価値評価ツールをご紹介します。
BBNPVとは
BBNPVは、仮説指向計画法Discovery-Driven Planningの著者であるリタ・マグラス氏が考案したツール(注1)です。bare bonesというのは骨子とか要点という意味です。従来のNPV計算では、将来の年次ごとのキャッシュフローを綿密に予測する必要がありますが、このツールでは要点を押さえた主要ないくつかのパラメータさえ設定すれば概算のNPVが算出できます。
具体的なパラメータは以下の通りです。
①市場投入までの立上げ期間と年間費用
②事業が安定期に到達するまでの成長期間
③競合他社が参入するまでの安定期間
④競合参入により限界利益ゼロとなるまでの期間
⑤立上げ期の投資額
⑥割引率
⑦年間固定費
⑧安定期の単位当たり年間変動費
⑨安定期の年間収益(販売数量×単価)
BBNPVの活用
各パラメータの設定方法の概要は以下になります。
・①~④の各期間:類似の事業開発事例の実績値を参考にしたり、マーケティング計画から逆算したりと、
できる限り合理的な 根拠を持って設定
・⑤投資額:必要な投資を積み上げるほか、不確実性への備えとして余裕を持たせて保守的に見積もり
・⑥割引率:自社の資本コストを基準に、追加のリスクプレミアムを上乗せ。同業他社の割引率や、事業フェーズ、
国/地域リスクなども参考にして、適切な水準を決定
・⑦⑧コスト構造:要員計画と原価計算の積み上げにより、固定費と変動費を算出。また、外注業者への
支払額なども確認し、実際的な固定費を設定
・⑨収益面:潜在的な市場規模から自社が獲得可能なシェアを予測。製品ライフサイクルの理論に基づき、
成熟期における需要水準を想定するのが賢明でしょう。価格戦略とリンクさせながら、現実的な販売数量を推定
このように、各パラメータは、様々な情報源から収集したデータと仮定を組み合わせることで、より現実的な数値として設定することができます。不確実な要素が多い中で、できる限り合理性と客観性を持たせることが重要です。
一方で、各パラメータを精度高く見積もるのには限界があります。しかし、それは問題にはなりません。このツールの目的は詳細な予測そのものではなく、限られた情報からNPVの概算値を算出し、新規事業の方向性を確認することにあります。
前提条件を変更すればNPVは即座に再計算されるため、シナリオシミュレーションが容易になり、環境変化への耐性を付けておくことが可能です。例えば、競合の参入時期が想定より早まった場合、NPVがどの程度下がるのかを試算できます。さらに、投資額や収益(販売数量×単価)の数字を変えることで、事業の損益分岐点も確認可能です。
新規事業は内外環境の不確実性が高く、判断の難しい状況は避けられません。そのような時こそ、詳細な将来予測に時間を割くのではなく、BBNPVのような簡易価値評価ツールを用いて本質的な議論に注力すべきです。
新規事業の初期検討段階においては、無理に精緻な計算を行おうとして時間を費やすくらいなら、こうしたシンプルな手法で素早く試行錯誤しながら確認していく方が現実的かつ合理的であると言えます。
DeRISKとの併用
ご紹介してきたBBNPVは、弊社のご提供する仮説ベースの予測管理ツールDeRISKと併用してお使いいただけます。BBNPV用のExcelテンプレートファイルをDeRISKに読み込んで、
例えば、トルネードチャートを描画することで、NPVへの影響の高いパラメータを特定可能です。先述の損益分岐点の確認も容易に行うことができます。
また、DeRISKでは各パラメータの組み合わせを自在に変えてシナリオシミュレーションを行えるため、前提条件が変わった場合のNPVを容易に確認することができます。
終わりに
以上、アーリーステージの新規事業の簡易的な価値評価に活用できるBBNPVとその活用例をご紹介しました。ご参考になっていれば幸いに存じます。ご関心がある方はぜひお話をお聞かせください。
(松下航)
(注1)より詳細に知りたい方は以下の書籍をご参照ください。
Rita McGrath & Ian MacMillan『DISCOVERY DRIVEN GROWTH』(2009, Harvard Business Review Press)
https://www.discoverydrivengrowth.com/