インサイトコラムをご購読の皆様、はじめまして!2023年11月にインテグラートに入社した赤松と申します。
梅雨明けが待ち遠しい今日この頃ですが、少し時を遡り、ゴールデンウイークに生まれ故郷である兵庫県明石市に久しぶりに帰省をしたときに、私が感じたことについて書きたいと思います。
ここで少し、私の地元である明石市についてご紹介します。
明石市は南側のほとんどに瀬戸内海が面している、兵庫の港町です。そのため、漁業が盛んな地域でタイやタコ、海苔の養殖は全国でも特に有名です。その中でも今回のトピックは海苔養殖です。
私が、海苔の養殖をトピックにした理由は、私の親戚や友人に海苔の養殖業を営んでいる人が多く、地元に帰った時に話をしたことで海苔養殖業者の生の声を聴くことができたからです。
そんな親戚や友人たちと話していると、みんな口を揃えて「最近の海苔養殖は活況やな。」と言っていました。
これを聞いた時の感想は正直に言うと「活況になりそうな理由って、特になさそうだけど?」でした。地方の盛り上がりというと、外資系半導体メーカーであるTSMCを熊本県菊陽町へ誘致したことによる、「菊陽町の半導体バブル」が記憶に新しいのですが、これは、巨大資本が突然入ってきたことによって引き起こされた、外的要因によるものです。一方で、明石にはそういった要素は見当たりません。また、海苔養殖は市の昔からの中心産業なので、突然に栄えることがあるのかと疑問に思ったので調べてみることにしました。
調べてみたところ、販売額・生産量共に、19年連続で日本一の海苔養殖産地であった佐賀県(有明)が記録的な不作に陥ったことで、兵庫県が海苔の生産・販売額で20年ぶりに全国1位に返り咲いていました。(※佐賀県の海苔が不作となった要因は雨が少なかったことやプランクトンの増殖などにより有明海全域で栄養塩が不足したことが原因です。)
図-1「兵庫・佐賀海苔の生産枚数の推移」(注1)
上図のグラフから、兵庫県の海苔の生産枚数は令和2年に減少しましたが、以降は下がり続けるのではなく、下げ止まり回復基調にあることが見て取れます。一方で佐賀県は、令和4年に海苔の生産量が激減しています。※図-1「兵庫・佐賀海苔の生産枚数の推移」には記載はありませんが、令和5年(2024年)も佐賀の不作は続き、明石が2年連続の全国1位となりました。
これによって、全国的な生産量は低下したことで、需要に供給が追いつかずに相場が急騰し海苔の販売単価が約2倍になったことが、明石の海苔養殖業が活況である大きな要因の一つとなりました。
ではなぜ、兵庫県の海苔の生産枚数は下げ止まり、回復基調にあるのでしょうか?
それは、生産数・品質維持に向けたある取り組みによる成果の賜物でした。
日本では、近年様々な土地や地域、産業で環境対策が進んでいることはご存知と思います。それは、明石にある海苔養殖の海域においても同様であり、環境対策によって水質の改善も図られていました。
ここである問題が起こりました。水質が改善され過ぎると、海苔の養殖業に悪い影響を及ぼすのです。それは、海苔の養殖には海域の栄養素(栄養塩)が重要であり、その栄養素は水質が改善され過ぎると、減ってしまうからです。
そこで、「海に流れる工場排水などの水質が改善され過ぎることで、今度は養殖場付近の海域に栄養塩が不足し、海苔の成長に必要な栄養を蓄えることができない」という問題への対策として、兵庫県では(明石市を中心として)行政と海苔養殖業者が連携し令和1年(2019年)からあえて「水質を過剰に改善せずに下水を流す」という全国初の取り組みを行いました。この取り組みの効果が少しずつ、見え始めていることは、図-1「兵庫・佐賀海苔の生産枚数の推移」のグラフが示しています。
私はこの取り組みを実行したことが、一種のリスクマネジメントの成功例ではないかと考えています。
明石の海苔養殖業者が成功した要因は、「海に流れる工場排水などの水質が改善され過ぎることで、今度は養殖場付近の海域に栄養塩が不足し、海苔の生産量と品質に影響を及ぼす可能性がある」という将来のリスクを認識した時点で、対応策を考えて実行に移したことにあると考えられます。
ここで重要なのは、「リスクを認識した時点で、対応策を考えてそれを実行に移した」ことです。そのため、「水質を過剰に改善せずに下水を流す」という取り組みを始めた時期に注目してみることにしました。
この取り組みを始めたのは、令和1年(2019年)であり、この年は図-1「兵庫・佐賀海苔の生産枚数の推移」のグラフからは比較的豊作の年であることが見て取れます。
この取り組みは海域を育てることが必要であり、効果を感じるためには、時間がかかります。そのため、リスクを認識した時点で将来を見越した対応策を実行しておかないと手遅れになってしまう可能性があります。
明石の海苔養殖業者は、海苔の養殖が比較的堅調な環境化にあっても、慢心をせずに将来起こるリスクに対して真摯に向き合い、この取り組みを早期の段階で実行しました。それが、今回のような佐賀県の海苔養殖の不振時に、明石の海苔養殖では生産量と品質の維持に繋がったと考えられます。
実際に明石の海苔養殖業者は、今回2つの果実を得ることができました。
一つ目は、価格高騰の恩恵をダイレクトに受けられたことです。これよって、設備投資を行い、更に生産能力を向上させることが可能となりました。
二つ目は、海苔の養殖業では全国№1というブランド力です。今後はこの全国№1というブランド力によって、認知度の向上や販売単価の向上に寄与することが予想されます。
これは、リスクマネジメントは成功すると、大きなリターンを得ることが出来る可能性を示唆しています。
こういったリスクマネジメントは実際に事業を運営する上でも役に立ちます。リスクの多くは、減収や減益など、事業が落ち込んでから目に見える形となって、認識することになり、後の反省会や振り返りなどのタイミングで、「なんとなく予測していたけどね~」といった一見後出しに思える言葉を聞いた経験はないでしょうか?
この言葉の裏には、「将来のことを予測しても当たらないことが多く、事後的に対処すれば何とかなる。」といった考えや、「事業において不確実な事態は当然であり、予測する意味はない。」など、将来のリスクを予測することに対しての諦めに近いものが感じられます。
これは、一般的にはリスクマネジメントとは「損失を防止するための施策」といったような、マイナスを防ぐ意味合いで使用されるため、ネガティブな印象が強く、なんとなく後回しにしてしまうからだと筆者は考えています。
ですが、今回の事例を基にすると、リスクマネジメントを適切に行うことは、その後の大きなリターンに繋がることもあります。そのため、少し見方を変えて、事業を運営する上で、リスクマネジメントは「攻めの一手」であると考えれば、ポジティブに捉えることができるのではないでしょうか。
もし皆様が、本コラムを読んでリスクマネジメントの重要性を改めて認識し、ご興味を持っていただけましたら、是非とも弊社にご相談ください。
弊社インテグラートはリスクマネジメントの領域において、高い専門性を持つ会社ですので、必ずお力になれると思います。
【参考】
(注1)20年ぶりにノリの生産日本一に輝いた兵庫 それなのに喜べない理由とは? 生産者を悩ます魚による「食害」に「後継者不足」 国産のノリ生産量維持のためにさまざまな取り組み https://www.ktv.jp/news/tsuiseki/230615/