昨年11月のこのコラムで、「総理を長く続けるには?」と題して、歴代総理の実績から在任期間が長期化する要因を分析しました。
http://www.integratto.co.jp/column/067/
前回のコラムでは、戦後現憲法下30人の歴代総理の在任日数を目的変数として、就任時の年齢、学歴、官僚出身者か否か、就任までの議員在職年数、閣僚経験年数、年当たりの閣僚任命人数を説明変数として、在任日数に対する相関と重回帰式を検討しました。
その結果、在任日数に対する影響度の有無として以下のような傾向を確認しました。
A)就任時の年齢と在任期間は全く関係がない
B)年齢と同様、就任までの議員在職年数および閣僚経験年数もあまり在任期間に影響がない
C)官僚出身者は在任期間が長くなる
D)閣僚任命人数が少ない総理ほど在任期間が長くなる
ただし、在任日数を求めるための重回帰式が、上記のCとDのみを説明変数としたため、決定係数が低く不十分な結果となりました。そこで、新たな要因を加え、より在任期間を左右する要因を洗い出そうと狙い、今回、続編としてお送りします。
あらためて確認すると、前回、総理大臣在任期間の説明変数にできたのは、次の2項目でした。
・官僚出身者であること=議員になる前の経歴
・閣僚任命人数が少ないこと=総理になってからの実績
歴代30人の総理経験者を見ると、議員になってから総理になるまでの間に相当の時間があります(平均で23年。最大は三木武夫(在任日数747日)の37年7カ月・最小は吉田茂(在任日数2248日(現憲法施行以降)の1年6カ月)。このような議員になってからの上記B以外の経歴に関して、総理の在任期間に影響のある要因はないかと考えました。
そこで、議員になってからの経歴について、新たに次の2つの要因を検討しました。
1)主要閣僚(外務大臣・財務(大蔵)大臣・経済産業(通商産業)大臣)の経験
総理を続ける上で、行政の主要な機能の理解は不可欠と考え、主要閣僚の経験を要因に仮定しました。主要閣僚の定義が難しいところですが、国家予算の策定に携わる財務大臣、外交政策の立案と折衝に携わる外務大臣、国内外の産業・エネルギー政策に携わる経済産業大臣を主要閣僚とみなし、このいずれかの閣僚経験がある場合を1、ない場合を0としました。
2)総理就任以前に与党党首選挙の出馬経験
政権与党時代の自民党総裁選挙など、与党の党首選挙は実質的な総理指名選挙となります。したがって、この選挙に出馬できるのは、ある程度の支持基盤がある人に限られ、また総理大臣候補として与党内外に認知されます。総理就任前から一定の支持基盤を築き、政権の座をうかがう努力を行うことが結果的に在任期間にプラスに影響すると想定し、総理就任以前に与党党首選挙に出馬経験がある、(すなわち、負けた経験がある)人を1、ない人を0としました。なお、野党党首選挙出馬経験は対象から外したため、野党時代の民主党代表選挙に出馬経験のある鳩山由紀夫(266日)、菅直人(452日)は0としました。
また、総理になってからの実績についても閣僚任命人数以外にないかと考えました。
現在の野田内閣でもその時期が話題になっていますが、閣僚人事以上の総理の大権である「衆議院解散」を行い、与党を勝利に導けば、在任期間に大きなプラスとなるでしょう。そこで3つ目の要因として、
3)在任期間中に衆議院を解散し、勝利した回数
を加えました。なお、「勝利」の定義ですが、解散前より議席数を増やした場合に加え、解散前より議席数を減らしたものの、選挙後の追加公認を含めずに与党単独過半数を維持した場合も勝利とみなしました。
さて、上記の1)から3)と、前回設定した「官僚出身者か否か」「年当たり平均閣僚任命人数」の5つを説明変数として相関と回帰分析を行いました。その結果、新たに加えた1)から3)の要因について、次のことが分かりました。
1)主要閣僚経験は在任期間に影響を与えない
前回は閣僚経験年数が在任期間に影響を与えないことが分かりましたが、閣僚経験のうち、主要閣僚(外務・財務・経済産業)のいずれかの経験は多少なりとも在任期間にプラスの影響があるかと思いましたが、在任期間との相関は0.14となり、ほとんど影響を与えないことが分かりました。これは、この3つの閣僚ポストのいずれかの経験のある総理経験者は30人中20人にもおよび、大抵の総理経験者はこのうちのどれかを経験している状態であるため、在任期間への影響が低いものと考えられます。
そこで、3つの主要閣僚ポスト個々の閣僚経験の有無と在任期間の相関も測りましたが、経済産業大臣経験は若干相関がある(0.19)ものの、外務大臣と財務大臣の経験はほぼ無相関(外務大臣-0.04、財務大臣0.07)となりました。
ちなみに、歴代総理30人のうち、外務大臣経験者は11人(吉田茂(2248日)、羽田孜(64日)、麻生太郎(358日)など)、財務(大蔵)大臣経験者は10人(池田勇人(1575日)、田中角栄、菅直人(452日)など)経産(通産)大臣経験者は11人(三木武夫、中曽根康弘(1806日)、森喜朗(387日)など)となります。
2)与党での党首選挙出馬経験は在任期間にプラスに影響する
与党党首選挙出馬経験と在任期間の相関は0.45となり、一定の相関を認めました。
総理就任前に与党党首選挙で負けた経験がある人は30人中8人います。この中で佐藤栄作(2798日)、小泉純一郎(1980日)、中曽根康弘と総理在任期間第1位、第3位、第4位の3人が含まれています。「艱難汝を玉にする」というわけではありませんが、出馬し、負けた経験は就任後の政権運営にプラスに働いていると言えるでしょう。8人の中で在任期間の最長は佐藤栄作、最短は麻生太郎、平均値は1275日となり、30人全体の平均782日を大きく上回ります。ちなみに、「初めて出馬した与党党首選挙で当選し、総理就任」という人が10人いますが、こちらの在任期間の平均値は672日となり、全体平均を下回ります。その他には「与党党首選挙を経験せずに総理就任(竹下登(576日)、森喜朗など)」「野党党首から総理就任(片山哲(292日)、鳩山由紀夫など)」「連立政権内の総理交代(芦田均(220日)、羽田孜、橋本龍太郎(932日))」などがありますが、いずれも在任期間の平均は全体平均を下回ります。
3)衆議院を解散し、勝利すると在任期間に大きくプラスに作用する
これは相関を確認するまでもなく、ある程度プラスの作用はあると思っていましたが、在任期間との相関は0.86となり、極めて高い相関を確認しました。衆議院議員の任期は4年なので、4年以上の在任期間の総理は必ず1回は総選挙を行うことになります。したがって在任期間の長い総理は総選挙の経験回数も比例して増えるのですが、そこで勝利=与党過半数を維持しないと政権の継続は難しくなります。
在任期間が4年(1460日)を超える5人の総理(吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎)はいずれも2回(吉田茂のみ3回)、計11回の総選挙を経験し、吉田首相下の第26回総選挙(与党で199議席(総議席数の42.7%)・少数与党内閣だが改進党と閣外協力)、中曽根首相下の第37回総選挙(与党で250議席(総議席数の48.9%)だが選挙後新自由クラブと連立して過半数確保)を除いた9回の総選挙はいずれも与党勝利となっています。総選挙に勝利すると総理の求心力が大きく高まり、結果として長期の在任期間となることが伺えます。
さて、今回のコラムの目的でもある、新たな要因を加えた在任日数を求める重回帰式ですが、上記1)から3)について、相関の低い1)の要因は重回帰式に加えず、前回の重回帰式に2)と3)を加え、以下のような式を導きました。
<在任日数=880.55日+官僚出身者は194.42日+与党党首選挙出馬経験があれば221.28日‐年当たり総閣僚任命数×24.03日+在任中の総選挙勝利回数×645.02日>つまり、以下のような式となります。
(ア)基数の約2年5カ月に加え、議員になる前に官僚経験があれば約6.5カ月プラス
(イ)同様に与党の党首選挙に出馬した経験があれば約7.4カ月プラス
(ウ)1年のうちに閣僚に任命する数が増えると任命した人数あたり約1カ月マイナス
(エ)衆議院を解散し、与党過半数を維持できれば約1年9ヶ月プラス
この重回帰式では決定係数が0.87となり、前回に比べ大幅に改善されました。
ただし(ア)から(エ)のうち影響度の大きさを比較すると、(ウ)と(エ)の影響度が大きいことが分かりました。「総理就任前の経験、経歴よりも、総理就任後の行動が在任期間を左右する」ということが分かります。
この重回帰式に照らして野田内閣の在任日数を推定してみましょう。野田首相は官僚経験がなく、与党時代に民主党代表選挙に出馬し、負けた経験はない(野党時代に1度あり)ので基数は880.55日となります。年当たり閣僚任命数ですが、昨年9月2日に発足した野田内閣はまだ1年を経過していないにもかかわらず、2回の内閣改造を行い、計27人を閣僚に任命しています。そして、まだ衆議院を解散していません。
したがって、上記の式からの在任日数は880.55‐27人×24.03=232日(7.7か月)となり、現時点で実際の在任日数を4カ月下回ることになります。つまり、「もういつ辞任してもおかしくないが、『近いうち』の言葉通り、衆議院を解散し、総選挙に勝利すれば2年近く在任期間が延びる。解散せずに衆議院任期切れ(来年8月)まで政権を維持することはできない」と推定できます。さて、どのような結果になるでしょうか。
(井上 淳)
(参考資料)
首相官邸ホームページ「内閣制度と歴代内閣」
http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/index.html
「政権争奪」戸川猪佐武、角川文庫、1982年ほか