こんにちは、コンサルタントの春原(すのはら)です。以前の小職のコラム(注1)にて書籍「知識創造企業」(注2)を紹介し、知識を創造することで組織的にイノベーションを産み出す理論を読者の皆様と共有させて頂きました。今回のコラムでは、「知識創造企業」の続編として四半世紀の時間を超えて刊行された「ワイズカンパニー」(注3)の書籍を紹介させて頂きます。本書の著者は、前書に続き一橋大学名誉教授の野中 郁次郎氏とハーバード大学経営大学院教授の竹内 弘高氏です。
 本コラムでは、本書タイトルの「ワイズカンパニー」とは何かを説明し、続いてフロネシス(実践知、賢慮)を説明した後、最後に前書のSECIプロセスをバージョンアップしたSECIスパイラルを説明します。
 また、基本理論である「知識創造理論」については、前回の小職のコラム(注1)の【こちら】を参照頂ければと存じます。

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1.ワイズカンパニーとは
 著者達が研究を通じて突き止めようとしたのは、どうすればリーダーたちが企業を社会と衝突させず、むしろ調和させられる判断を、一貫して下せるようになるかということでした。著者達の研究では、形式知と暗黙知を用いるだけでは不十分であることが示されています。リーダーはもう一つ別の知識も使わなくてはいけない、それはしばしば忘れがちな実践知である、と著者達は言っています。実践知とは、経験によって培われる暗黙知であり、賢明な判断を下すことや、バリューとモラルに従って、実情に即した行動を取ることを可能にする知識です。リーダーが組織全体でそのような知識を育むとき、その組織は新しい知識を創造するだけでなく、優れた判断を下せるようになります。
 著者達はフロネシス(実践知、賢慮)を備えたリーダーを「ワイズリーダー(賢慮のリーダー)」、ワイズリーダーに率いられた企業を「ワイズカンパニー(賢慮の企業)」と呼んでいます。
著者達が実際の実践知を見たのは、ほとんどの場合、日本企業においてでした。確かに、日本企業に対して、十分に資本主義的ではないことへの批判はあります。
 しかし、それは裏を返せば、優良企業とは、社会との調和を保ち、生き方として共通善を追求し、道徳的な使命感の下に事業を営み、住みやすい未来の世界を思い描き、組織全体で実践知を育み、戦略の中心には人間を据えるものだという信念が残っていることを意味する、と著者達は本書の中で述べています。

2.知識実践「フロネシス(実践知)」
 先の箇所で実践知について少し触れましたが、「フロネシス(実践知)」は本書の中で以下のように説明されています。
 前書「知識創造企業」では、知識創造に着目し、それによっていかにイノベーションを活性化させるかを伝えていました。対して本書「ワイズカンパニー」では、知識の創造と実践の両方に目を向けて、知識実践によっていかに企業が確実に生き残れるようになるかという話になっています。
 知識実践という概念を理解するためには、2400年ほど過去にさかのぼって、古代ギリシャの哲学者にして科学者のアリストテレスを訪ねることになります。知識創造について論じた前書では、アリストテレスにはごく簡単に触れたのみで、アリストテレスは師であるプラトンと正反対の説を唱えた哲学者でした。プラトンが合理主義の立場から、知識は論理的な思考の産物だと考えたのに対し、アリストテレスは経験主義の立場から、感覚的な経験のみが知識の源泉であると主張しました。

 知識実践の起源は、アリストテレスによる知識の三分類の一つであるフロネシスにあると著者達は考えています。「ニコマコス倫理学」の定義によれば、フロネシス(実践知、賢慮)とは「人間にとってよいことか、悪いことかに基づいて行動できる、真に分別の備わった状態」とされています。
 フロネシスは、著者達の研究によれば、時宜にかなった賢明な判断を下させるとともに、価値観や原則やモラルに即した行動を取ることを可能にする経験的な知識です。これは日本語の徳(共通善や道徳的卓越性を極める生き方)に似ている。徳がある人は、信頼され、尊敬される。みんなにとってよいことを常に見出そうとし、道徳的に優れた人間になろうとする生き方をします。

3.知識創造と知識実践のモデル「SECIスパイラル」
 最後に、前書にて説明した知識創造理論を拡大した、最初の現代的な知識創造・実践モデルをご説明します。土台にするのは、これまで共同化、表出化、連結化、内面化という四要素の二×二マトリックスで表してきたSECIプロセスに関する知見です。知識創造理論の詳細は【こちら】をご参照ください。

【知識変換の四つのモード(SECIプロセス)】
 1.共同化:自己の暗黙知から他者の暗黙知を創造 ⇒共感知の創出
 2.表出化:暗黙知から形式知を創造 ⇒概念知の創出
 3.連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造 ⇒体系知の創出
 4.内面化:形式知から暗黙知を創造 ⇒操作知の創出

図1.四つの知識変換モード「SECI(セキ)プロセス」

 上記のSECIプロセスが、これからご紹介する動態モデル、SECIスパイラルの土台となります。SECIスパイラルは、組織的な知識実践がどのように促進され、維持され、拡大されるかを概念化したものです。SECIスパイラルでは、その名の通り、SECIプロセスがスパイラルに上昇する。SECIプロセスが水平方向にその過程をたどるのと並行して、SECIスパイラルは存在論的な次元を垂直方向に昇っていきます。SECIスパイラルが生じるのは、知識創造が時間をかけて繰り返されることによります。
では、どのようにSECIスパイラルは存在論的な次元を垂直方向に昇っていくかというと、先にご説明したフロネシスが原動力となって、その次元を昇っていきます。もっと詳しくいうなら、知識創造・実践のコミュニティの中にいるフロネシスを備えたメンバーにとって、SECIスパイラルの上昇はもたらされます。

図2.SECIスパイラルモデル(注3)

 なぜフロネシスがSECIの上昇の原動力になるのかは、フロネシスの三つの特徴に注目することで分かります。
フロネシスの第一の特徴は、「共通善」です。マネージャーも、幹部も、経営トップも自社の存在意義(ビジョン、ミッション、目的)について、正しい判断をしなくてはなりません。顧客に価値を提供できない企業、未来を創造できない企業、道徳的な目的を持たない企業、社会との調和を保てない企業、生き方として共通善を追及していない企業、そういう企業は長くは生き残れない。フロネシスとは、みんな(つまり、コミュニティや社会)のために共通善を追求することであり、自社の儲けだけを追求することではありません。
 第二の特徴は、「時宜」です。世界は流動的であり、企業は変化の激しい世界を生き抜いていかなくてはならないです。明確なビジョンを持ち、なおかつ「いま・ここ」をベースにして、判断し、決定し、行動することが求められます。企業の最終的な目的は、単に環境の変化に対処するだけではなく、自分たちが思い描く未来を実現することにあります。ビジョンとは、「どういう未来を創造したいか」を思い描いたものにほかなりません。未来を創造するためには、自社のことだけを考えるわけにはいきません。顧客や、コミュニティや、社会の共通善を追求することで初めて、未来は創造できます。
 第三の特徴は、「人」です。SECIがスパイラルに上昇するにつれ、知識の創造と実践の規模や質は増幅されます。そうすると、組織の内外のより多くの人からより多くの行動が引き出され、知識のコミュニティが拡大します。知識の創造と実践は、開かれたコミュニティにおいて初めて可能となります。
 つまり、それは誰もが自由に異なる視点や考え方を持ち込めるコミュニティです。知識の創造・実践のコミュニティは、気分や感情や思いを共有する「相互主観性」でつながった人々のグループからなります。企業のマネージャーや、幹部や、トップは従業員に対して、高次の目的を追求することを奨励するとともに、従業員が自分たちと同じように高次の目的を追求できるよう、その支えとなる文脈や価値観を共有、創造し、導き、教育することを求められます。開かれた相互主観性のコミュニティにおいてのみ、高次の目的の下に、SECIの上昇は促進されます。

 知識の創造・実践モデルのダイナミックな性質を理解するには、おもちゃの独楽(コマ)のたとえで考えるのが良いです。独楽は一定以上の速さで回転をしていれば、外部から衝撃が加わっても、重力に逆らってバランスを保っていられます。企業の場合、それは回復力を維持でき、持続可能であることを意味します。回転が止まれば、独楽は倒れます。
 これは企業にとっては、死を意味します。回転を続ける独楽は、右や左に傾き、これは企業が「いま・ここ」の文脈や状況の変化に適応することを示しています。独楽の回転とは、企業でいえば「行動」のことであり、独楽を回転させ続けるには、回転の原動力である垂直方向の矢印、つまりフロネシスが欠かせない、と著者達は本書の中で語っています。

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 上記の前書「知識創造企業」から発展した本書「ワイズカンパニー」について如何でしたか。本コラムでは本書「ワイズカンパニー」について、エッセンスをできるだけシンプルにご紹介しました。本書には知識実践を主眼に置いたSECIプロセス・SECIスパイラルの多数の事例(ホンダジェットの実現、JALの再建、エーザイによるアルツハイマー病治療薬アリセプト誕生などの数々の秘話をSECIモデルでどの様に解釈できるか)が記載されておりますので、是非手に取ってご覧頂ければと存じます。
 なお弊社では仮説指向計画法という経営理論を基礎として、「仮説」を「知識」に変換していくことを支援しています。フロネシスを備えたプロジェクトリーダーが考える「仮説」を、暗黙知から形式知に変換する。その形式知化された「仮説」を、より高次の目的を達成するために、プロジェクトメンバーによってより高い価値を追求していく。更には経営陣も巻き込んで経営会議にて、このプロジェクトがどうすれば成功するのか、その「仮説」をプロジェクトリーダーが説明し、経営陣は投資意思決定を行う。
 投資意思決定・投資評価の場面において、この様なプロセスとインフラを、弊社は製品やサービスを通じて支援しております。弊社は「世界中の新たな製品・サービスの実現に貢献すること」を使命としており(注4)、皆様の新たな製品・サービスが創出されるように、これからも尽力する所存です。

(春原 易典)

(参考文献)
(注1)『知識創造理論とは』(インテグラート・コラム Vol.182、2021年)
https://www.integratto.co.jp/column/182/

(注2)『[新装版] 知識創造理論』(東洋経済出版、2020年)
https://www.amazon.co.jp/知識創造企業-新装版-野中-郁次郎/dp/4492522328

(注3)『ワイズカンパニー: 知識創造から知識実践への新しいモデル』(東洋経済出版、2020年)
https://www.amazon.co.jp/ワイズカンパニー-知識創造から知識実践への新しいモデル-野中-郁次郎/dp/4492522301

(注4)『インテグラートの使命』
https://www.integratto.co.jp/company/mission/