事業における選択は、事業の行く末に大きな影響を与えます。例えば、これから開発する製品の無数に考えられるスペック案から、どのスペックを選択すべきか。あるいは、設備投資の規模がいくつかありうる場合に、どの規模を選択すべきか。市場(顧客)をどう定義するか。事業として想定されるシナリオが複数ある場合に、どれをベースシナリオとするか。このような選択の意思決定は、競争が激しく不確実な事業環境下で勝ち抜くために、一層重要性を増しています。

 しかし、企業の経営陣は、実際のところ、どの程度選択を行っているでしょうか。決め打ちの案に対して、イエスか、ノーかという2択で、示された案に対してせいぜい注意すべき条件を付加する程度の意思決定が意外に多いのではないでしょうか。

 事業における選択が重要である大きな理由は、経営陣のリスクテイクの自由度を高めるからです。例えば、設備投資を10億円か50億円か100億円か、という案があるとすると、得られるリターンは、それぞれ異なり、必ずしも投資額に単純に比例するわけではありません。つまり、事業における投資は、投資額によって、リスクとリターンの関係が大きく変わります。案による違いを把握すると、このプロジェクトでは手堅く攻めて、あちらのプロジェクトでは背伸びする、といった自由度の高い選択が可能になるからこそ、イエスかノーかの2択ではなく、ベストの選択を行うことが望ましいのです。
 このような考え方を研修やコンサルティングで説明すると、「うちの会社では、選択肢なんか出てこないですよ」という意見が出る一方で、選択肢(オプション)の創造こそが価値の源泉である、と明確に位置付けている企業もあります。この違いは、一体どこから生じているのでしょうか。

 選択肢が出てこない企業の意思決定は、およそ次のようなイメージです。経営会議や投資委員会に向けて、事業部門では経営陣の指摘に備えて入念に検討を進めます。もうこれで大丈夫だろうというレベルまで案が詰められガチガチに固められる(想定問答まで用意されることもあります)と、いよいよ稟議上程です。プロジェクトリーダーはこの案で経営陣を必ず説得するぞ、という戦に臨む覚悟です。関係したたくさんのメンバーからも、お前、絶対にハンコもらって来いよ、と熱く応援を受けて送り出されます。ここまで調整されてから意思決定会議に諮られると、経営陣から様々な指摘があっても、事業部門からは自説が繰り広げられるばかりで、選択肢の検討はほぼ不可能です。指摘事項を付加した条件付きOK(ここを気をつけてくれればいいよ)が、現実的な落としどころになります。

 条件付きOKも悪くはありません(注1)。しかし、このような状況の問題は、経営陣が選択しているのではなく、事業部門が既に選択していることにあります。経営陣の意思決定の自由度が下がり、大きな機会損失が発生しているおそれがあります。

 事業部門が選択すべきことは、どんどん選択すればよいのです。しかし、経営陣は、全社的視点で企業価値を高める選択をする。事業部は自分たちの責任範囲で事業部の価値を高める選択をするが、全社的視点は持っていないことを理解していて、経営陣により高度な判断をしてもらえるよう、仮説、判断の材料をきちんと整理して提供する。このような組織的な役割分担が機能していないのではないでしょうか。

 経営陣が選択している企業、事業部門が選択している企業の違いについて、一つのヒントが意外なところから得られました。インテグラートが、アメリカ進出を目的としてシリコンバレーで調査を実施した際に、アメリカ企業の経営企画部を訪問しようとしたところ、各社から「経営企画部(Corporate Planning)って何?」と質問されたのです。アメリカ企業の多くには、経営企画部が無い、ということをそのとき初めて知りました。

 日本企業の経営企画部に相当するのが、アメリカ企業では一般的にはCFO(Chief Financial Officer)配下のFP&A(Financial Planning and Analysis)という組織です。FP&A(ファイナンス・コントローラーとも言う)は本社、子会社、事業部、工場、研究所など意思決定と選択が必要な部署にいて、企業内部でのマトリクス型組織の一部になっていることが多いようです。日本企業と欧米企業の経営企画とCFO組織の違いについては、2019年7月の本コラムで弊社の池側が解説していますので、是非ご一読ください(注2)。

 事業部制では、管理(経理財務)・マーケティング・サプライチェーンなどの各機能は事業部長の管理下にありますが、マトリクス型組織では、各機能は事業部長の管理下であり、かつ、各機能の責任者(CFOや、CMO: Chief Marketing Officerなどで、経営陣の一部)の管理下にもあります。従って、マトリクス型組織では事業部長としては、自分の部内にほかの部署に属するメンバーがいるために調整が難しくなる側面がある一方で、各機能の現場の意見が経営陣に届きやすいという特徴があります。そのため、決め打ちの案だけではなく、経営陣が選択肢を検討しやすくなると考えられます。実際に、選択肢の検討を重視している日本企業では、マトリクス型組織になっている例があります。

 組織形態だけでなく、業務規程等の工夫で、決め打ちの案を防ごうとしている取り組みも多く見られます。具体的には、「初期伺い」「事前情報」など、検討早期に情報共有を促す工夫があります。あるいは、経営会議や投資委員会で、事業部門だけでなく、管理部門からも見解を提示する時間を設けることも、選択肢の検討に効果があります。また、事業が開始されてからも、大きな損失を避け、事業のゴールを達成するために、早く社内外の変化を共有し、タイムリーに次の一手の選択が可能になるように、事業部門と管理部門がコミュニケーションを継続する仕組みが運用されている例があります。

 さて、経営陣による選択を可能にするためには、このような組織や仕組みの工夫が重要ですが、仕組みだけでは解決できない部分もあります。組織の中にいる各個人のマインドセットの影響も大きいと思います。そこで、選択について、私が腰を抜かしそうになった経験をご紹介します。

 私は1999年に、アメリカのペンシルバニア大学ウォートンスクールのMBAプログラムに留学しました。良いプログラムで学びたいと願い、しかも海外経験の無かった私にとっては、合格の知らせは望外の喜びでした。ところが、入学してみると、合格したのに、入学しない人がいることを知りました。1999年といえば、アメリカでITバブルが猛烈に盛り上がっていた時期です。その熱狂に身を投じて、ウォートンに合格しても入学せずに、ITベンチャーで挑戦する人がいたのです。しかも、一学年780名のうち、その数およそ30人です。やっとの思いで合格した私にとっては、本当に驚きでした。

 私は、その人達を、なんてナメた輩だと最初は思っていました。しかし今では、その人達は、ITベンチャーで思いっきり挑戦し、ダメだったら、ウォートンに戻ってくればよい、という優れた選択をした、と理解しています。実はウォートンMBAプログラム入学の権利は5年間有効で、必ずしも合格した年に入学しなければならないわけではない、オプション契約になっていたのです。

 目の前の幸せに浮かれていた私には、その選択肢は全く見えませんでした。一体どうしたらそんな選択ができるのでしょうか。30人もいた、ということは、変人や天才という割り切りでは片づけられません。私の場合、留学が手段から目的に変化してしまった、という月並みな整理もできますが、もっと本質的に足りないものがあったと思います。

 ウォートン合格から、更に選択を行った人達が持っていたのは、常にベストの選択を追求するマインドセット(心構え)です。現状に安易に妥協せず、もっとよくできるのではないか、とゴールを絶えず追求し行動する力です。同じ組織の中にいても、私のようにボンヤリしていては全然ダメだということを心の底から痛感しました。

 私がもし留学せずに日本にいたら、このような学びは得られなかったと思います。先日講演を拝聴したブリヂストンの元社長/CEOの荒川詔四氏は、「百聞は一見に如かず、百見は一住に如かず」と、海外で生活する意義を強調しておられました。どうしたら、現状から飛び出すような選択ができるか、海外で生活すればよい、というような簡単な話ではありませんが、現状と大きく異なる環境に飛び込むことが気付きをもたらすのではないかと思います。

 企業内部で適切に選択が行われることは、企業の成長に大きく貢献します。皆さんの会社では、経営陣が重要な選択をする仕組みになっていますでしょうか。そして、現状に安易に妥協せず、常にベストを追求するマインドセットは備わっているでしょうか。選択の自由度を高める仕組みを設計すること、更に各個人のマインドセットを変える機会を設けることが、企業の組織文化・風土を変革し、新たな成長をもたらすと私は考えます。

(小川 康)

(注1)提案に対しては『条件付き承認』を目指そう 
https://www.integratto.co.jp/column/015/
(注2)さらに価値を生む経営企画室になるには?
https://www.integratto.co.jp/column/159/